星空に戻る

ソコニ

第1話 星空に帰る



祖母が亡くなった日、私は東京の空を見上げていた。光害で星一つ見えない夜空に、どこか懐かしさを感じていた。


「由美ちゃん、おばあちゃんが会いたがっているよ」


母からの電話を受けたのは、その三日前のことだった。私は仕事が忙しいことを言い訳に、すぐには帰らなかった。どうせまだ時間はある、そう思っていた。


祖母は私が子供の頃、よく星の話をしてくれた。田舎の縁側に腰かけ、夏の夜空を指さしながら、一つ一つの星座についての物語を語ってくれた。オリオン座の狩人の話、北斗七星が指し示す道標の話、天の川に隔てられた織姫と彦星の切ない恋の話。


「星はね、私たちの帰る場所を教えてくれるのよ」


そう言って祖母は微笑んでいた。当時の私には、その言葉の本当の意味が分からなかった。


祖母の遺影の前に座り、私は思い出の中の星空を見上げた。香炉から立ち上る線香の煙が、まるで天の川のように揺らめいている。


「おばあちゃん、ごめんね。もっと早く帰ってくればよかった」


涙が頬を伝う。その時、不思議なことが起きた。仏壇に飾られた水入りの花瓶に、星空が映り込んでいたのだ。幼い頃に見た、あの満天の星空が。


それは祖母からの最後のメッセージだったのかもしれない。人は誰しも、いつか星になって帰っていく。そして私たちは、星を見上げることで、大切な人との絆を確かめることができる。


その日から、私は毎晩星空を見上げるようになった。東京の空には星はほとんど見えないけれど、それでも私には見えるような気がする。祖母が教えてくれた星座たちが、私たちの帰る場所を指し示してくれている。


今夜も、北斗七星が静かに瞬いている。

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