第1話 ねむねむな夜

(なんだか、今日はトイレに行くのが嫌だな……)


 普段なら、寝る前に必ずトイレに行っていた。聖女として、生活のどんな細かいところにも気を配るのが私の日常だ。それなのに、今夜はどうしてもトイレに行くのが億劫に感じられた。疲れているのか、それとも何か他の理由があるのか……分からない。ただ、ベッドに横たわると、すぐに眠気が襲ってきた。


(今日は……このまま寝ても大丈夫……だよね……)


 そのまま私は深い眠りに落ちた。


 次に目が覚めた時、朝の日差しが部屋を照らしていた。まだ半分夢の中にいるようなぼんやりとした気持ちで、私は身体を伸ばし……その瞬間、何かおかしいことに気づいた。


(……あれ?)


 ベッドが……濡れている?


 一瞬何が起きたのか理解できなかった。でも、体を動かすと確かに冷たい感触が広がっている。私はゆっくりと目を覚まし、慌てて布団をめくる。


(嘘……こんなこと、ありえない……!)


 信じられない。私は……オネショをしていた。最後にこんなことがあったのは、確か1歳の頃だったはずだ。あの時は幼かったし、仕方のないことだと誰もが言ってくれたけれど、今は26歳の聖女だ。こんなこと、ありえるはずがない。


(どうして……どうしてこんなことになったの?)


 頭の中が混乱する。身体は冷たく、シーツは濡れ、なんとも言えない不快感が私を包み込んでいた。慌てて布団を片付け、着替えを用意しようとするけれど、手が震えて上手く動かない。


(こんなこと……絶対に誰にも知られたくない……)


 私は一刻も早くこの状況をどうにかしなければと、必死に動き始めた。まずは濡れたシーツを取り替えなきゃ。そう思って、急いでベッドメイクを始める。けれど、心の中の焦りは消えず、不安がどんどん大きくなっていく。


(これが一度きりで終わればいい……)


 そう願いながら、私は朝の準備を進めた。



(こんなこと……一体どうすれば……)


 私は慌てて濡れたシーツと下着を抱え、自室のドアをそっと開けた。洗濯場へ急がなければならない。廊下には衛兵やメイドたちの姿があり、何事もないように振る舞うのが精一杯だった。


 王城の洗濯場に到着すると、中にはメイドたちが数人働いていた。私は周囲を警戒しながら、端の洗い台に濡れたシーツと下着を置き、静かに洗濯を始めた。


「おはようございます、セーラ様」


 背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がる。振り返ると、にこやかな表情のメイドが立っていた。


「お、おはよう……洗濯をしに来たの」


「セーラ様が洗濯とは珍しいですね。いつもはメイドたちが……何かご用ですか?」


(やめて!それ以上は聞かないで!)


「ちょっと……洗濯したいものがあって。それだけよ」


 私の声が僅かに震えていたのを悟られないよう、そっけなく返事をした。メイドは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑みを返してくる。


「分かりました。では、何かお手伝いが必要でしたらいつでもお声がけくださいね」


「ええ、大丈夫だから」


 内心は焦燥感でいっぱいだったが、なんとか会話を切り上げて再び洗濯に戻る。指先に伝わる冷たい水の感触が、昨夜の失態を嫌でも思い出させた。


 洗濯を終え、シーツと下着を絞りながら私は心の中で自分を叱った。


(これが一度で済むなんて、そんな甘い考えは捨てなきゃ……次は絶対に気をつけるんだから!)


 誰にも知られないように、私は物干し場でシーツを干し、急いで教会の準備を始めた。羞恥心と焦燥感が入り混じる中、私は無意識に自分の拳を握り締めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る