risk one's life
かいんでる
残された物と残した者
年末の昼過ぎに住宅街を歩く黒スーツの男。
何かを探すかのように辺りを見回している。
「あと一件、何とか契約しなきゃな……」
疲労困憊の表情を浮かべながら住宅街を歩いていく。
しばらくすると、男の進行方向にアパートが見えてきた。
その外観は今にも朽ち果てそうで、裕福とは無縁のオーラを解き放っていた。
「こいつぁ良いねぇ」
男はアパートを一周し、ある部屋に目星を付けた。
その部屋だけに灯りが点いていたのである。
「気合入れていきますか」
男は階段を上がり、先程目星を付けた部屋へ向かう。
目的の部屋の前で深呼吸し、扉をノックした。
「すいませ~ん。ちょっと宜しいでしょうか~」
男の呼びかけに、部屋の中から若い男の返事があった。
「どちら様ですか?」
玄関の扉を少し開け、若い男が顔を出す。
「あっ、どうも~! あなたの願い事を叶えて――」
「間に合ってます」
若い男は淡々と答えながら扉を閉めようとした。
「ちょ、ちょっとお待ちください! 話だけ! 話だけでも聞いてください!」
「ですから、間に合ってます」
「そんなこと言わず! きっと気に入りますから! あなたの人生――」
「あなたの人生を豊かなものにします。お代は願い事によって決められています。でしょ?」
「へっ? 何でそれを?」
「何でって、あの人が」
若い男が扉を開け、部屋の中を指差した。
部屋の中にあるのは、ノートパソコンの載ったテーブルがひとつ。
そのテーブルに、黒いスーツ姿の美しい女性が座っていた。
「あぁー! 何でお前がここに居るんだよ!」
「それ聞く? アンタと同じ理由に決まってるでしょ」
「お知り合いなんですか?」
「同僚ですよ! そんな事より! この辺は俺の担当地域だろうが! 何でお前が居るんだよ!」
「今朝のミーティング聞いてた? 今日から担当地域制が無くなるって言ってたわよね?」
「えっ……聞いてなかったかも……」
「とにかく、そう言う事だから。じゃ、話の続きしましょっか」
「そうですね」
若い男が戻ろうとした時だった。
男が猫撫で声で話しかけた。
「どうでしょう? アイツより好条件でお取引させていただきますよ。わたくしにチャンスをいただけませんか?」
「何言ってんのよアンタ! ここは私が先に――」
「本当に好条件なんですか?」
「もちろんです!」
「じゃあ話だけでも聞きますよ」
「ちょっとー! 何よそれー!」
スーツ女が喚いているのを無視して上がり込む男。
「この勝負……俺が勝つ!」
「ざっけんなテメェー! ぜってぇ負けないからね!」
「2人とも落ち着いてください。で、先程のお話の続きなんですが」
お茶を用意しながら若い男が尋ねた。
「僕の望みである小説デビューには、寿命の三十パーセントを支払う必要がある、で良かったですか?」
「えぇ。ですが、少しサービスさせていただきまして、二十八パーセントで結構ですわ」
「ちょ~っとお待ちください! ならば、わたくしは二十五パーセントで結構ですよ!」
「ほぉ。そちらの方が好条件ですね」
男がスーツ女にドヤ顔を向ける。
「では! 私は二十パーセントで!」
スーツ女のドヤ顔返し。
「おのれ……ならば十八パーセントで!」
二人の値引き大合戦が始まった。
最終的に互いが提示した条件は十パーセントとなった。
「こ、これ以上は無理だ……」
「私もこれが限界よ……」
ここまで静かに二人の様子を眺めていた若い男が口を開く。
「条件が同じになってしまいましたね」
「条件が同じでも、俺の方が必ず満足する結果を残しますよ!」
「そんな事ありませんわ。私の方がきっと満足していただけますわ!」
互いに譲らぬ二人を微笑みながら見つめる若い男。
二人の舌戦が堂々巡りとなってきたところで、穏やかな口調で割って入る。
「では、こうしましょう。その条件で二人に別々のお願いをさせてください。いかがですか?」
二人は若い男を見つめた後、同じタイミングで顔を見合わせた。
「それは、ありなのか?」
「聞いたこと無いけど、禁止されてはいないかしら」
「そうか。じゃあ、それで手を打つか」
「そうね。とりあえず契約1件にはなるわね」
「話が
「かしこまりましたよ」
「聞かせてちょうだいな」
若い男はノートを取り出し、そこへ何かを書き始めた。
数分後、書きあがった物を二人の前に提示した。
「これが、僕の願い事です」
「ん~っと、半年後に開催される年末小説コンテストで大賞受賞……これ受賞すると小説デビューできるのか?」
「はい。作品を書籍化していただけます」
無垢な笑顔で答える若い男。
「その下にあるのが、コミカライズとアニメ化ね」
「はい。これは作家として大多数の人が願う事だと思います」
「そうなんだぁ~」
「もうひとつ書いてあるな」
「願い事多くないかしら?」
頭を掻きながら、あどけない笑顔になる若い男。
「これは先程の願い事に含まれないですか?」
「どうなんだ?」
「書籍化、コミカライズ、アニメ化された作品が、末永く皆の心に残ること……まぁ、含めてもいいんじゃないかしら」
「そこまでセットの願い事ってやつか」
「ありがとうございます」
若い男が深々と頭を下げた。
「じゃあ、この契約書にサインいただけるかしら?」
「俺のにも頼む」
「はい。契約のサインさせていただきます」
二人が差し出した契約書にサインする若い男。
サインし終えた契約書を渡し、二人の顔を見渡した。
「貴方たちは、人間じゃないんですよね」
「まあな。普通なら、そんな笑顔で話してはもらえない存在だ」
「支払いが寿命って段階でお察しよね」
「それが解ってて契約したのか?」
「はい。僕の夢が叶うなら、貴方たちが誰であろうと問題ではないです」
その瞳の眩しさに顔を背けてしまう二人。
「ま、まあ、それならいいんだけどよ」
「そうね。契約した以上は、ちゃんと仕事はさせてもらうから安心して」
「はい。宜しくお願いします」
「じゃあまたな。今度会うときは小説家だな」
「結果が出たらまた来るわね。そうだ、小説はちゃんと書いてね。それがなきゃ始まらないからね」
「はい。二人のおかげで良いネタを思いつきましたので、今から準備に入ります」
「なら良かったわ。頑張ってね」
二人を見送った若い男は、部屋で唯一の家具であるテーブルに向かった。
そこへ静かに腰を下ろし、ノートパソコンを開く。
「時間が無いんだ。間に合わせなきゃな……」
部屋に響くのは、ただひたすらにキーを打つ音だけだった。
―― 一年後 ――
「
「ちょっとね」
「あの若い男のことだろ」
「……まあね」
誰もいない公園のベンチに座るスーツ女。
そこへ男が声を掛けていた。
「ちゃんと受賞してたじゃねえか」
「……私、何もしてないのよ」
「そうなのか?」
「えぇ。受賞するように審査員の精神操作しようと思ってたんだけどさ……」
「しなかったのか? 何でだ?」
「それがね……」
日が暮れそうな空を見上げるスーツ女。
「私が手を出さなくても、大賞に選ばれてたみたいなのよ」
「それじゃ……」
「彼は実力で作家デビューしたってわけ」
「そうかぁ……」
「アンタの方はどうなのよ」
目を
「あの作品を人気漫画家がエライ気に入ったとかでよ、その漫画家によるコミカライズが決まったよ」
「それって……」
「そう。俺は何もしてない」
「でもさ、まだアニメ化が残ってるでしょ?」
「それもさ、すでにプロジェクトが始まってんのよ」
「……私たち、何も仕事してないわね」
「こんな事は初めてだな」
二人同時にため息をつく。
「あっ、まだ残ってるじゃない!」
「何がだ?」
「末永く皆の心に残ることって願い事!」
「あぁ~それがあったか」
「これなら今からでも間に合うわよ」
「確かにな」
「でさ、ちょっと考えたんだけど」
「何を?」
顎先に指を当てるスーツ女。
「能力使わずにやりたいのよ」
「何でだよ。って言うか、どうやるんだよ」
「う~んとね、これって結局は彼の実力でしょ?」
「そうだな」
「だからさ、私たちの能力使うのって、彼の作品への冒涜だと思うの」
「まあ、言いたいことは何となく解る」
「だから、SNSとか色々使って、地道な活動から始めたいなって」
「……手伝わせてもらうよ」
「頼んだわよ」
スーツ女のウィンクを男は鼻で笑った。
「お前に頼まれなくてもやるさ。彼のためにもな」
「そうね……こんな事ならさ、ほかの事お願いすれば良かったのにね」
「まさか余命半年の体だったとはな……」
「アンタの担当地域でしょ。ちゃんと調べておきなさいよね」
「飛び込みだったもんでな」
一瞬訪れる沈黙。
「……彼、知ってたのよね、病気の事」
「だろうな。だから支払いが寿命と言われても笑顔でいられた」
「病気を治してくれって、そう言えば良かったのに」
「それよりも、自分の作品を世に出すことの方が大事だったんだろうさ」
「でも! 実力で願い事叶えたんだよ! 命があればもっと作品書けたじゃない!」
「それは結果論だろ。あの時の彼には結果を知る術は無かったんだ」
「そうだけどさ……」
「とにかく! 今の俺たちにできる事をやろうじゃねえか」
「そうね。きっちり仕事しましょうか」
「もう報酬は貰えねえけどな」
「これはアフターサービスよ」
顔を見合わせて笑いながら公園を後にする二人。
公園を後にした二人が向かったのは街の本屋。
その本屋のメインコーナーに積まれた小説の山。
その真ん中に積まれた彼のデビュー作であり、遺作となった小説。
表紙に描かれているのはスーツ姿の男女。
コーナーで一番大きなポップにタイトルが書かれていた。
【ふたりの優しい悪魔】
risk one's life かいんでる @kaindel
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