第5話
次の日、3人が僕を呼びに来たとばあちゃんが教えてくれた。
僕は下は学校の水着、上は父さんが買ってくれたサイズが若干大きいラッシュガード姿で玄関に行く。3人とも、家の中には入らずに玄関で待っていた。
「おはよう」
僕はあいさつしたが、3人はそれぞれこっちに目を合わせようとせずにじっとしていた。
「行こうか、もう準備はできてるんだ。道案内頼むよ」
翔真が何も言わないまま歩き始めて、2人はそれに続く。僕はその後ろを歩いた。
15分ほど農道を歩いたところに山に入る登山道があり、そこから山に入る。
湿った土の匂いがした。ぬちょぬちょとした土にスニーカーの跡が4人分ついていく。
そうしてしばらく歩くと段々と地面石が多くなっていき、動画で見たあの滝壺のところに出た。
「こっちだ」
翔真の後に続いて回り込むような上り道を行くと、大きな岩の上に出た。
「ここが俺が前に跳んだ場所」
なるほど、下を見るとたしかに高い。想像していたよりも落下したときの衝撃はすごそうだ。
「で、お前が跳ぶって言ったのがこの岩の上」
そう言って翔真は大きな岩を指さした。
僕はそれを聞いて、小さな岩を足がかりにして上までよじ登った。
岩の上に立つと山の木々が見下ろせた。すごく、きれいな眺めだった。
小さいけれど滝から流れてくる小さな水滴が顔にかかって、涼しい。
僕は靴を脱いで靴下をその中に入れた。昨日読んだサイトに、飛び込みの時に、下を見続けたり途中で立ち止まったりすると恐怖心が増すので、跳ぶと決めたら迷いの動作をしないことがコツだと書いてあった。
僕はその通りにしようと思っていた。
「おい!」
だが、翔真が下から僕を呼んだ。
「お前……死ぬつもりか」
めちゃくちゃ真面目な顔でこちらを見ている。
んなわきゃないだろ、と笑ってやりたかったけれど、僕も真剣な顔で振り向いて言った。
「ああ、そうだよ。僕、実は泳げないんだよね」
岩の上から跳躍した。
ふわりと浮遊感が一瞬あってから、すぐに身体が落下する。
なんてことはない、なんてことはない。
足から着水、股間を守る。そう自分に言い聞かせる。
着水までは思ったよりも一瞬だった。
だけどつま先が水に触れた瞬間だけは、僕には時間の流れがゆっくりになったように感じられた。
そして、水の感覚とともにある記憶がフラッシュバックした。
この川、小学1年生の時にも入って遊んだんだ。
あの時、父さんは僕と一緒に川に入って遊んでくれた。
母さんは泳げなかったからか、終始僕のことを心配そうな顔で見ていたと思う。
そして水から上がった僕の体をバスタオルで拭いてくれた。
じいちゃんもばあちゃんももっと溌剌としていて、スイカを持ってきてくれたと思う。
そうして河原で昼ご飯に皆でお弁当を食べて。
ああ、この時間がもっと続けばいいのになと思っていた。
ジャボッ……ゴボゴボゴボ……
水の音が耳元で聞こえる。水の感覚が全身を包んでいて、温度は想像の3倍冷たかった。
死ぬのか、死んだのか僕。
なんちゃって、残念、全然生きている。もっと上の高さでも行けたと思うぐらいだ。
本当に、跳んでしまえば大した事ない高さだった。
僕はラッシュガードの下に隠していた腰巻きタイプのライフジャケットの紐を引っ張った。
プシューとジャケットにガスが充填されて、僕は水面にぷかりと浮き上がった。
そして川岸まで手足を使ってなんとか泳いでいった。
さっき登った道から真っ青な顔して3バカが走ってきた。
「おまっ……お前……! お前……!」
翔真はそれ以上言葉がでてこないらしく、龍馬も聖矢も何も言わない。
「ライフジャケット使っちゃいけないってルールあったっけ?」
僕はそうふざけ気味に言ったけれど。翔真の目にはなぜか涙が滲んでいた。
蝉の鳴き声が遠くからシャワシャワと聞こえてきて、僕は空を見上げた。
あぁ、中途半端だ。
なにもかも、中途半端すぎる。
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