第3話

そしてその日のお昼すぎ、あの3人組は本当にやってきた。

僕の自室として充てられた部屋にずかずかと入ってくるなり畳の上にどかっと座った。


「クーラー涼しいー!」


入室して第一声がそれだった。

僕がこっちに来るときに持ってきたでかいリュックの隣に座る。


ばあちゃんは丁寧にも3人組に氷の入った麦茶まで出す始末だった。

「よろしくな、俺は翔真しょうま、んで、こっちのでかいのが龍馬たつま、ちっちゃいのが聖矢せいやってんだ」

「あぁ……よろしく」

 

「じゃあさっそくだけど、何かして遊ぼうぜ」

 翔真は部屋の隅に置いてあるゲーム機の方をチラチラと見ながら言ってきた。


「いいよ僕は。まだ夏休みの宿題がいろいろ残ってるんだ。ゲームしに来たんだろ? そっちにあるのが僕の持ってる全部だから、使ってもいいよ」

 セーブデータはクラウドに保存済みだし、ゲストモード以外はパスワードをかけてあるからイタズラをされる心配もない。


 そう、僕としては3人組との接点をなるべく少なくして穏便にすませるつもりだった。

 だが、3人組、特に翔真は僕の対応が癪に障ったらしく目に見えて表情を強張らせた。

「なんだよ、俺らとは一緒に遊べないってことかよ」

 翔真はずいとこちらに近づいてくる。


「そんなこと言ってないよ。こっちにもやることがあるって言ってるだけだ。別に嫌なら僕と無理して遊んでくれなくてもいいよ」

「なんだと!」


 翔真が声を荒げたのを見て、慌てたように大きな龍馬が間に立った。

「しょうちゃんステイだよステイ」

「俺は犬じゃねぇ!」

が、火に油を注いだだけだった。


僕としては翔真が怒って出ていってくれるのなら、それはそれで良かったのだが。


パキッと何かが折れるような音がした。

何かと思って聖矢の方を見ると見ると、なぜか黒色のDVDのケースからDVDを抜き取って2つに割っていた。あんな時代遅れの代物、僕の部屋にはなかったはずだ。


「これ、お前のせいだかんな」

 聖矢は割ってみせたDVDの印刷面を見せてきた。

 どう見てもエロ系のやつだった。


「は?」

 唐突すぎて話についていけないんですが。

 

「お前の頼みで、これを持ってきたことにして、腹立てたお前が壊したことにするかんな。3人で口裏あわせしてやる」

いやさすがにそんなの誰も信用しないだろ。と思った。


「いいけど、別に」

脅しと暴力とテロ行為には屈さない、これは国際常識だ。

聖矢は思っていたのと違う反応をする僕のことを驚きの表情で見ている。

きっとこいつは同じような手口で何人か陥れてきたんだろうな。


「い、いいのかよ。お前の父ちゃんにもバレちまうんだぞ」

「だから構わないって」


僕がそう答えると翔真がふっと笑ったのを感じた。

「お前、ほんとは俺らにビビってんだろ? だから何も反応しないようにしてるんだろ」


「……ビビる?」

どこをどう曲解すればそうなるのか。

「そうだよ、どうせ町の人間なんて口先だけのやつらばっかりだ」

「どうでもいいけど、そういう、大きな主語で話さないほうがいいよ。町のやつ、田舎のやつ、その中にもいろんな人がいるだろ」


「ビビってないってんなら、度胸見せてみろよ」

「はぁ、僕は別になんでもいいけど。度胸を見せるってどうやんだ?」

僕の質問に翔真はスマホをポケットから取り出した。

「これ、ここのすぐ近くにある川なんだぜ」


画面を覗くと、滝壺のようになっている場所が映っていた。

そこの岸壁のような場所に翔真が海パン姿で立っている。

「うおおおおおおおおおお」と大きな声を出しながら飛び込んだ。


手から着水してバシャーンと音がする。水面までの高さはだいたい6〜7メートルぐらいだろうか。

10秒ほどして水面に浮き上がってきた翔真は息苦しそうに呼吸をしていた。


川岸まで泳いできた翔真は「ハハハ! 見た見た! 撮った? すげぇだろ!」とはしゃいでいる。それで動画が終わっていた。


「これが度胸を見せるってこと?」

尋ねると3人は何も言わずに頷いた。

いや昭和かよ。と僕は心の中でつっこみを入れた。


「じゃあ僕がもしここじゃなくて、こっちから跳んだら、僕のほうが度胸あるってことになるのか?」


翔真が跳んだところよりもさらに1段上の岩の出っ張りを指さした。

高さで言うと10メートル、マンションの3階部分ぐらいはありそうだった。


3人は口をぽかんと開けて絶句していた。

「僕が跳んだら、DVDを勝手に持ち込んで壊したのは自分達のせいでしたって謝る? 土下座して」


「お、おま、おま……お前それ、本気で言ってんのか? 落ちるときの痛さもそうだけど、浮き上がってこれないかもしれないぞ」

「浩太郎くん、危ないよ。悪いことは言わない、やめといたほうが良いよ。翔ちゃんだってこないだこっちから初めて跳んだんだから」

「そんなのハッタリだよ翔ちゃん! できっこないよ」

三者三様にいい反応を返してくれる。


「ハッタリだって思うならそれでもいいけど」

「わ、わかった。別にいいぜ、本当に跳べたらやってやるよ。土下座でもなんでもやってやるよ」

震えた声で翔真は勝負を飲んでくれた。


僕はゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ行こうか」

「行くって、どこに」

「川だろ?」


3人の様子は、しかし僕の想像していたものとは違っていた。

「……あ、いや。今日はだめだ。これから雨が降るから川には近づけない」

「なんだよ、お前らのほうがビビってるじゃないか」


「ばーか。前にゲリラ豪雨で鉄砲水の被害があったばっかりなんだよ。こういう日は川に近づくなって言われてんの。川を馬鹿にすんなよな」

翔真の反応は思いのほか冷静だった。


3人はまた日を改めて誘いに来ると言い残して去っていってしまった。

ただ一人、龍馬だけがゲームを見て名残惜しそうにしていたけれど。


ちなみに、実はこの時の会話の音声を僕はスマホで録音してクラウドに保存してあった。3人がやってくると聞いて何らかのトラブルになりそうな気がしていたからだ。

だから敢えてそんな度胸試しの勝負に乗らなくても、大人に音声データを聞かせさえすれば僕の濡れ衣は晴れる。


ただ。

ただ単純にやってみたくなっただけだった。

高いところからの飛び込みを。

しかも自分がしたことのないような高さから、今は飛び込んでみたい気分だったのだ。


どうしてそう思ったのかは、自分でもよくわからない。

大げさかもしれないけれど、生きるか死ぬかもわからないような状況に身を投げたかったという衝動的な思いが、自分の中にはあるような気がした。

もっと端的にいえば、なんとなくムシャクシャしていた、のかもしれない。

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