第六話・逃げなきゃ!

 舞衣たちはカバンを手に入れた事で運搬方法を手に入れた。


「それでサラ。食材はどこに行けばあるの?」


 舞衣が地図を広げる。


「この辺りが種類も豊富でおすすめじゃ」


「ここまでの時間はどのくらい?」


 地図の縮尺も分からないので、どのくらい時間がかかるか計算も出来ない。


「そうじゃな。歩いて半日ってとこじゃな」


「意外とかかるわね……」


「舞衣ちゃん。車あるじゃないかぁ」


「えっ。車も飛ばされてたの?」


「うん。駐車場にあったよぉ。電気自動車とワンボックス」


「よしっ! それで行ける!」


 電気自動車なら燃料の心配はいらない。

 地図でもう一度現在地と目的地を確認し、採取に必要と思われる道具を用意する。


「どこか出かけるのか?」


 真田さんがワクワクしながら歩いてくる。


「ちょっと食材を調達してきますね」


「わしも行く」


「えっ? いや、私たちで行ってくるので、真田さんは休んでてくださいね」


「断る! 何もする事がなくて退屈しておるのだ。連れて行ってもらおう!」


 テレビもラジオも放送がない。

 何かイベントがある訳でもない。

 楽しそうなことがあるなら参加したいのだ。

 それは舞衣にも分かっていた。


「分かりました。ただし! 無理せず大人しくしててくださいね」


「御意!」


「舞衣ちゃん。どちらか残らなくても大丈夫?」


「そうね。幸い要介護の方は居ないし、自立の方だけなら大丈夫だとは思うけど……」


「何かあるといけないからぁ、舞衣ちゃん残っててよ」


「そうね。じゃあ調達は貴之くんにお願いするわ」


「任しといてぇ」


 貴之、真田、サラの三人で調達に行く事が決まった。

 車に乗り込んだ貴之は、ナビを操作し始めた。


「なんじゃそれは?」


 サラがナビを覗き込んだ。


「カーナビって言ってぇ、どこに居るか分かるんだよぉ」


「そのカーナビとやら、地図と地形が全然違うんじゃが」


「それは仕方ないねぇ。とりあえずぅ、自宅登録しておけば迷子にはならないからぁ」


「何か良く分からんが、あると便利なんじゃな」


 設定を終えて、いよいよ目的地に向けて出発する。

 一度行った所なら、マークしておけば次回行く時に便利だ。

 GPSがないので正確性には欠けるが、無いよりはマシだろう。


「ほぉ〜、馬もいないのにどうするのかと思ったら、自力でこんなに速く走れるのか。これは便利なものじゃ」


 初めての車体験に目を輝かせるサラ。

 歩いて半日の距離。車で一時間もかからずに到着した。

 森が、道の終わりを告げるがの如く存在している。


「いやぁ〜こんなに早く着くのじゃな。こりゃ楽じゃ」


「で、サラ。あの森に入るのぉ?」


「そうじゃ。少し入った所じゃ」


「うむ。早く参ろうぞ!」


 車イスを青く光らせながら、待ちきれない気持ちいっぱいの表情を浮かべる真田。


「じゃあ行こうかぁ」


 人工的ではなく、自然と出来たような通路が続いている。

 風で揺れる葉の音が心地よく、歩いているだけで癒される。


「やはり、自然の中に身を置くのは良いものだな」


「施設も山の中だったけどぉ、こうやって自然の中を歩くのは気持ちいいですねぇ」


「ここじゃどこ歩いても自然しかないぞ。坊やのとこは違うのか?」


「そうだねぇ。全く自然を感じられない場所が、世界のあちこちに沢山あるかなぁ」


「そんな世界、息が詰まりそうじゃ」


 サラが首に手を当て舌を出す。

 真田がそれに同意して同じポーズをする。

 三人が和やかに森を進んでいたその時、少し先の木の間に黒く大きなものが現れた。


「えっ、何あれ?」


「何でこんな所におるんじゃ……」


 それは、黒い体毛に赤い目、巨大な角のようなキバを口から生やしている。

 日本で見かけられるイノシシに似ているが、その大きさはイノシシの三倍はある。


「坊や、気づかれぬように下がるぞ」


「わ、わかったぁ」


 三人が静かに車の方へと戻る。

 その時、貴之が大きな木の根に引っかかり、尻もちをつく。

 そして、貴之の絶叫が森に響き渡る。


「いったーーい!」


 貴之の尻の下に、尖った石が鎮座していた。


「むっ、気づかれてしもうたか……」


 巨大なイノシシのような獣の顔が、ゆっくりと貴之たちの方を向く。

 その目に貴之たちを捉えた獣は、鼻息を荒くして走り出した。


「坊や! 逃げるぞ!」


「わ、分かったぁ」


 二人が走り出した後ろで、真田がイノシシに向かい合う形で刀に手をかける。


「サナダ! 逃げるんじゃ!」


「ここで逃げるは武士の恥! 老い先短いこの命、ここで輝かせてみせようぞ!」


「真田さぁーん!」


 獣が真田の目前まで迫る。

 このままでは吹き飛ばされると思われたその時、真田が乗った車イスが、素早く獣の横へ回り込む。


「唸れ! 朱雀!」


 真田が放った斬撃が獣の横っ腹に命中した。

 衝撃で進路を変えられた獣が、大木に突進する形で動きを止める。

 横っ飛びで刀を振るった真田は、バランスを崩して車イスから放り出されていた。


「サナダ! 大丈夫か!」


 サラが真田の元へ駆け寄り声をかける。


「うむ。わしは大丈夫。ちと腰が痛いがな……」


 その時だった。動きを止めたと思われた獣が起き上がり、真田とサラがいる場所に向かって走り出した。


「サナダ! 立て! 逃げるんじゃ!」


「す、すまぬ……立つことは叶わぬようだ……」


 獣が二人に迫る!


 【食材調達パーティーはピンチに陥った】

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