欠陥転生者は"英雄譚"を否定するようです。

小之先 出口

第1編 欠落転生者は"冒険譚"を開始するようです。

序章 プロローグ

Ⅰ まず神様を『アンタ』呼びするのが失礼なことに気付いてない

 地平線まで続く鏡面の床。

 どこか神聖で、穏やかな光に満たされた空。

 そして、目の前には─────腰辺りまで伸びた、透き通った艶のある髪、ある種の宝石ジュエリーを思わせる瞳、そして身にまとう服までもが白い……『天使』や『女神』としか形容できない美少女。


 あの世って、実在したのか。


 どこか的外れな思考を、未だ朦朧もうろうとする意識の中で巡らせながら、俺─────巳扇みおうぎ向出むかでは『死』から復帰した。



 奇妙な感覚だった。

 自身の死を、その人生の終焉おわりを確実に実感していながら、その記憶はどこか他人事ひとごとの様な、非現実的な浮遊感を伴っている。言語化出来ない、どこか寂しい痛みが脳を埋め付くしながらも、不思議と心地よい感じのそれは、或いは悪夢から覚めた後に似ている気もする。


 何より、この究極の非日常イレギュラー、死後の世界の実在に関して、自身が何の驚愕や興奮もあらわにせず、寧ろなかば常識として受け入れてしまっている事が不思議に思えた。


「目覚めたか、若者。」


 不意に、純白の少女かみが言葉をつむぐ。

 舌足らずな幼稚さが残る音程こえと、その飾り気のない言葉遣いの間に存在する差異ズレが、眼前の少女が人ではないということを言外に知らせてくる。


「私は道を示す者。哀れな魂よ、君に選択肢を与えよう───────。」


 なにやらお決まりじみた台詞セリフを口走る少女に対して、少し気になることがあって、俺は一言。


「アンタ、カレーうどんとか食べる時もその服装しろなの?」


「───────────えっと。」


 俺の質問に、少女が浮かべた表情は、想像より遥かに人間らしい『困惑』だった。




「全く、神聖さを出すのも難しいんだよ?まぁ元より私はそういう『らしさ』なんて要らない派なんだけど、上が人間の想像する神や天使の様に振る舞うべき!って息巻いてるからさ~困っちゃうよね。」


 何というか、とんでもない拍子抜け感を味わいながら、俺は急に饒舌になった少女の話を聞いていた(因みに、先程の問いの答えは「魂だけみたいな存在だから食事なんて摂らないよ?」というこの上なくつまらないものだった)。

 なんだろう、さっきまでの荘厳さを返して欲しい。いや、絶対俺の質問カレーうどんのせいなのは分かってるけど。


「んで?なんだっけ────あぁそうだ自己紹介だよね。私はセラ。君達の価値観せかいで言うと天使になるのかな?まぁ実質神様みたいなもんだし、神でも良いか。」


「んな罰当たりな」と思ったが、良く考えてみると天使とか神とかそういう相手にカレーうどん食べる時どうすんのソレとか言い放った俺の方が5000倍は罰当たりだ。というかこの子じゃなきゃ普通に死んでたんじゃないか?いや、もう死んではいるのだが。


「えーっと、俺が悪かったから本題に入ってくれ。アンタ言ってたよな、『俺に選択肢を与える』って。」


 その間もペラペラと自分語りだったり、上司の愚痴だったりを可憐な声で喋り散らかしていたセラの話を強引に軌道修正して、俺はそう問い掛けた。


「あぁ、そういえばその話をしてたんだった。」



 セラは、ばつが悪そうに微笑んで、ふと、目を閉じたかと思えば。




「ねぇ、君。」






「────────英雄ヒーローになる気はある?」

「ないです」


 沈黙。


「えっと……最強とかに憧れは……」

「興味ないです」


 気まずい沈黙。


「誰かに褒め称えられたりとかは……」

「目立つのは嫌いです。」


 悲痛な沈黙。



「い、異世界転生とかって、興味ある……?」

「あ、それはちょっと気になるかも」

「────君なんなんだよぉ!!!!!」


 この人間の事が何一つ分からない、といった様子で頭を抱えるセラ。




 ……どうやら俺は、この天使様かみさまを困らせる天才らしい。




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