第7話 瑠璃堂vsスネークアイズ

玄関がなにやら騒がしいです。

何かあったのでしょうか?

家政婦と背の小さなこじんまりした男が玄関でもめております。

「うちらは、古いソファーも引き取るってきいてるんでさ。

新しいソファーは入れさしてもらったけんど、古いソファーを受け取らんことにゃ、親方に怒られちまうでよ。」

「おかしいわねぇ。古いソファはもうすでに引き取ってもらってるはずよ。背の高い男の人が二人取りに来て。

そう、2時間前ぐらいだったかしら?」

「うちは、そんなもん来とらんでね。古いソファーが無いと困るでね。」

そこに、遠山が様子を見に来ました。

「どうしたんですか?」

「遠山さん。この方たちはお嬢様のお部屋のソファーの入れ替えをお願いしていた家具屋さんの方なんですけどね。

新しいソファーを持ってきてくださったんですけど、一緒に古いソファー引き取るっておっしゃってて。

でも、2時間ほど前に他の人が引き取られて行かれてるんですよ。」

「わしは、古いソファーも引き取ってくるように親方に言いつかってきてるんでさ!そのソファー無いと帰れん!」

「とにかくそのソファは無いんだから、仕方あるまい。親方にはその旨一筆書くから、とりあえず今日は引き取ってくれ。後日またそちらに出向いて事情をきくことにするから。」


遠山はそう言ってささっと手紙を書き、その人足に駄賃も多めに渡して帰しました。

人足を見送ったお手伝いさんが遠山にぼやいております。

「でも、あの処分されたソファーもまだまだ新しい物だったんですよぉ。柄が気に入らないからってお嬢様取り換えてほしいっておっしゃったんですけど、こんなこと初めてじゃないですか?

普段はとても物を大事にされる方でしょ?

奥様が亡くなられてから、お嬢様のご様子がなんかおかしく感じますよ。

なんか、いつもうわの空で。今までのお嬢様とはなんか別人のようで、私心配ですよ。」


その様子を見ていた瑠璃堂の2人は、何故か胸騒ぎを覚えました。


「遠山さん。すぐに胸飾りを確認してください。

それから、たきさんと杏子さんはお部屋にいらっしゃいますよね?」

紫音が遠山とお手伝いさんに確認しました。

「え?胸飾りですか?わかりました。」

遠山は不思議そうな顔で書斎に入っていきます。

「お嬢様とたきさんは、外出されたのかしら?お部屋にいらっしゃいませんでしたけど。」

お手伝いさんが紫音に答えました。

「・・・!」

「紫音?」

「やられた!スネークアイズにやられた!」


「紫音さん!迅さん!大変です!胸飾りが!胸飾りがありません!」

遠山の悲痛な声が書斎から聞こえてきました。

「紫音、どういうことだ?」

「ソファーだよ。事前に引き取りに来た業者は新しいソファーを納入しなかった。引き取りに来た業者は、偽物なんだ。その引き取られたソファーに杏子さんとたきさん、そして胸飾りが潜んでいたんだとしたら?」

「そんな…」

「迅、すぐに堀田さんに言って市中に緊急配備をひいてくれ。

2時間前と言いましたね。もしかしたら、もうかなり遠くまで逃げてしまっているかもしれないが、やらないよりはいいだろう。」

「2時間ぐらい前か…?そういえば俺がここに戻ってきた時、すれ違った車…茶色の幌がかかった荷車だったが、何処かで…」

岸が屋敷に戻ってきた時に、丁度屋敷から出てくる幌がかかった荷車にぶつかりそうになっておりました。

「あ、そうだ!この前、横浜で見たんだ!あの幌になにか菱形模様があって、覚えていたんだ!」

「横浜?まずい。船なんかに積み込まれて出航されたらもう手も足も出ない!すぐに横浜の港を緊急配備だ!」


警察と瑠璃堂、そして岸達は車に乗り込んで横浜へ向かいました。

辺りはもう暗くなっております。街には電灯が配置されてきているとはいえ、ここは倉庫街。

街灯の数も少ないので、灯りは月明かりと車の頼りないライトのみです。


「あの車を見たのは確かこの辺なんだけどなぁ。」

岸が横浜港の倉庫街を目を凝らしながら探しています。

「岸君、なんの取材だったの?」

「先月あたりに政府発禁の阿片の密輸をした船が摘発されたろ?その取材だったんだよ。確かここの倉庫で警察が張り込んで、あっ!思い出した!あの倉庫だ!あの緑の屋根の倉庫だ!」

「岸、あの倉庫だな。警官を配置する。」

「堀田さん。まだあの倉庫がスネークアイズのアジトと決まったわけじゃない。とりあえず、俺と紫音で中の様子を見に行ってくる。」

紫音と迅が車から降りてその倉庫に向かって行きます。

「おい!まったく、あいつら無茶しおって。」

堀田が呆れたようにぼやいております。


「迅、気づかれるなよ。」

「紫音、お前誰に言ってるの?」

2人は倉庫に近づいていきます。倉庫には明かりがついていません。

さらに頼りなくなった手元の電灯のみで、2人は倉庫を調べていきます。

「紫音、ここの扉が開いているぞ。」

倉庫の入口の扉の鍵が開いております。

「よし、でも気を付けろ。罠があるかもしれん。」

「あぁ。」

2人はとびらをそっとあけて中をそっと覗きます。

中はだだっ広い空間にいくつかの大きな箱のような者が置かれています。

その大きな箱の影に人影のような者がいくつか見えました。

2人は目配せをして倉庫の中に入り、その人影に見つからないように近づいていきます。


「おい、なぜ溝端の娘とお手伝いまで連れてきたんだ。

胸飾りだけじゃなかったのか?」

そこには三人の男たちがおりました。

1人は細身で長身の男。

そして作業服を着た二人の男。

周りにはほかに人はいないようです。

三人でソファーを前に少しもめているようにも思います。

「お頭。俺たちも重いなぁって思ったんですけどね。まさか、人が二人もこのソファーに潜んでるなんて思いませんって。」

「とはいえ、どうすんだよ。」

ソファーには二人の女性が横たわっています。

溝端杏子とたきです。どうやら眠っているようです。

「ちょっと、お嬢さん。起きてくれませんかね。まったく厄介なものをしょい込んじゃったな。」

「う、うん。…っは。ここは?」

「お嬢さん、あんたはなんでこのソファーに潜り込んだの?

しかも二人もさ。狭かったでしょ?まったく。無茶しすぎだよ。」

「渋谷さん。私をあの家から連れ出してください!あの家は鬼の巣窟です。だから、私を助けてください。」

杏子は渋谷と呼ばれた細身で長身の男にしがみついて泣き叫んでいます。


「紫音、あたりだね。」

「あぁ、杏子さんやたきさんに危害が加わらないようにしないと。しかし、やっぱりあの男。渋谷彗星がスネークアイズの頭目だったとは。」

「そういえば、パーティの時知らない間に居なくなっていたよね。警察が来た時にはもういなかった。

何かあると思ったけどこういう事か。」

遅れてきた岸が紫音に言いました。

「さて、どうする?向うも三人。こっちも三人。堀田さんたち待つ?それとも突っ込む?」

紫音はニヤリと笑って言います。

「そりゃ、行くでしょ?」

「じゃ、行きますか!!」

迅と岸も顔を見合わせて言いました。


「おい、スネークアイズ!お前たちはもう終わりだ。」

紫音が奴らの前に飛び出していきました。

迅も岸も後に続きます。

「ふん、瑠璃堂。やっときたか。」

「杏子さんとたきさんを離せ。胸飾りは何処だ!」

紫音は渋谷と相対しております。

スネークアイズの下っ端は周りを見渡して他に誰もいないのを確認しました。

「よくその人数でしかも丸腰で乗り込んできたな、褒めてやるよ。」

渋谷はこちらにピストルを向けています。


「お前たちはこの胸飾りの本当の価値を知らない。」

渋谷は紫音に向かって殊勝な笑みをたたえて言いました。

「この胸飾りが溝端の悪事を暴いてくれるんだ。せっかくだから教えてやるよ。

お前ら、この国が阿片に侵されつつある事に気づいているか?」

「先日、この隣の倉庫で阿片の摘発を取材したばかりだ!危機感はある、しかし警察も取り締まりはしている!」

岸が答えました。岸は、先日の阿片密輸の摘発に動いた警察の大捕物を取材したからこそ、この倉庫に辿り着く事ができたのです。

「あぁ、あの大捕り物か。ははははは!あんなもの末端でしかない。

トカゲの尻尾きりさ。

警察や政府は、末端の取り締まりで対策をしている風を装っているだけだ。やってるって言う世間へのポーズさ。

先月、俺たちの仲間が阿片中毒で3人も死んだ!アイツらは自分からそんな危険なヤクなんか打つ奴らじゃない!

人体実験に使われたんだ!その証拠がここにある!」

渋谷はそう言って胸飾りをかざし、ダイヤモンドの台座部分を外しました。

するとそこから小さな鍵と紙がでてきました。


渋谷の隙を見て、紫音がその胸飾りと鍵を取ろうと手を伸ばしかけた時、渋谷はピストルを上へ発射させました。

「おっと、まだまだ話は終わっちゃいねぇ。

いまの銃声を聞いた警察がこの倉庫に飛び込んでくる前に話を終わらせなきゃな。

この鍵とこの紙切れには溝端の一番知られたくない黒い部分が書かれているんだ。本当だったら、俺たちが奴の屋敷に忍び込んでやろうかと思っていたが、これはお前たちにやるよ。

あわせて、このお嬢さん方も助けてやってくれ。俺達にはお荷物だ。」

「なぜだ。なぜ俺たちに託す。」

紫音は渋谷の眼を見据えたまま言いました。

「お前たちに一矢報いたしな。これで一勝一敗というところか。

俺たちは溝端が豚箱に入ってくれりゃそれで満足なんだ。」


「いやよ。いや、あんな鬼畜の元に帰るなんて絶対に嫌。」

杏子が渋谷にしがみついています。

「おねがい、私も連れて行って!」

「お嬢様、あんたと俺じゃ住む世界が違いすぎるんだ。それに、瑠璃堂がきっとあんたたちを悪いようにはしないよ。

溝端はどうせ捕まる。俺は敵ながらあいつらを信じる。」

「いやだ!私はあなたの事が好きなの!あなたの傍にいたいの!」

「聞き分けのない女だな。俺なんかに着いてきたって襤褸切れのように捨てられるだけだぞ。その金で汚れた手を離しやがれ。」

渋谷は鬼のような表情で杏子を振り払いました。

振り払われて驚いた杏子は、驚きすぎて声も出せず震えるだけでした。


「スネークアイズ!!御用だ!!」

倉庫の入口から警官たちがなだれ込んできました。

「紫音!迅!岸!大丈夫か?」

堀田の声もします。


「じゃぁな、瑠璃堂。またな。」

渋谷はそう言って仲間に目配せをしました。

するとするするとスネークアイズの三人が上へ上がっていきます。

「警察のみなさん、ご苦労さん!またお会いしましょう!

瑠璃堂!あとは任せたぞ。」

そう言って、スネークアイズ一味は天窓から外に出て消えていきました。

最後、杏子をとても優しいそして哀しい目で微笑んでいた渋谷を迅は見逃しませんでした。


そして、慌てたのは警察です。

「おい!外だ!外だ---!」

警官隊は倉庫の外に向かって回れ右です。

入口では警官隊が中に入ってくるものと外に向かうもので、混乱しております。


その喧騒の中で、堀田が瑠璃堂に近づいて言いました。

「まったく、無茶してくれるな。でもさすが、胸飾りも杏子さんも取り戻すとは、さすがだよ。」

紫音の方をポンとたたいて堀田が言います。

「いや、これはスネークアイズが置いていったんだよ。」

「ん?どういう事だ?」

「・・・あ、いや。とりあえず、これでスネークアイズの胸飾り事件は解決だな。」


しくしくと泣いている杏子の傍に迅が声をかけました。

「杏子さん。大変な目に遭いましたね。大丈夫ですか?」

「私、あの家に帰るのは…もう嫌です。あの父は鬼です。」

「何とか致しましょう。でも今日は一度お帰りになられてください。大丈夫、今夜は僕たちもお屋敷に泊まります。

たきさん、杏子さんに今日はついていてあげてくださいね。」

「もちろんでございます。」

杏子は迅とたきに支えられて立ち上がりました。

「お嬢さん、ご無事で何よりだ。

お家までおくりますよ、瑠璃堂もいっしょにな。」


え?スネークアイズがあの後どうなったかって?

彼らが警察に捕まるなんてそんなヘマは致しません。

天窓より外に出た彼らは倉庫の屋根伝いに逃走し、警官隊を翻弄した挙句夜の闇に消えていったそうです。


渋谷彗星は其の後、銀幕界から姿を消して行方知れず…だそうでございます。

その後の世の乙女達の悲しみと言ったら!

筆舌に尽くしがたい様子でございました。

でも、人の心は移り変わる物。

乙女達は新しいお気に入りを見つけてまた熱狂しておるようでございます。







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