甲燃記キリシマ ~或いはスーパー・ロートル・ロボット大戦 第0話~
藤木 秋水
甲燃記キリシマ
西暦20XX年、地球は狙われている!
遥かオリオン腕の彼方より現れた【ディ・サトゥ】人の侵略の魔の手がせまる!
宇宙怪獣、殺人怪光線、侵略UFO、宇宙戦闘艦!
見る間に地球は焦土と化し、人類は滅びるかと思われた!
しかし、絶望の荒野を踏みしめ、胸に希望を秘めて戦士たちは立ち上がった!
世界各国が手を取りあい、ついに叶った地球防衛軍のロボット軍団!
二十年にわたる激しい戦いの末、侵略者はついに木星にまで後退する!
戦いは続いている!地球防衛軍は今も君の力を必要としている!
集え若者よ!自由と平和の旗の元に!
復興目覚ましい繁華街の大型テレビから、志願兵徴募の告知が流れていた。
真夏の日差しの下、それは暑苦しい光景だった。まして街中にスーツ姿で佇む中年男性にとっては、若者向けのCMなぞ夏場の太陽よりも眩しく、疎ましい。
画面には宇宙兵器工廠のある火星をバックに、航宙戦闘艦と細身の新鋭空間機兵が長砲身の粒子砲を構える勇ましい姿が映っている。小学生になる息子が言うには、ハイパーとかスパイラルとか仰々しいカタカナのふられた光学兵器らしいが、彼にしてみればついぞ現役時代には完成しなかった夢の粒子砲だ。
中年男性、霧島慶一は、引退したロボット兵器の搭乗員だった。
彼がパイロットだった頃のロボットとは、列国が技術を寄せ集めて何とか形にした、侵略者の宇宙怪獣と戦うための格闘用重機のような代物だった。
今みたいに慣性制御装甲や金属粒子フィールドなんて防御機構は無く、重ね合わせた装甲版で膨れ上がった胴体はまるでドラム缶の様だった。武装も熱・単分子剣だの粒子力場刃だのといったハイテク装備はいつまでも開発中で、寄り合わせた巨大な人工筋肉でもって力一杯ぶん殴るのが関の山。
地球の表面が殆ど戦場だったあの頃は、そんなモノでも
宇宙怪獣どもはその植物を食べ、新たな都市を破壊する。廃墟にヤツ等が垂れ流す糞便から、また新たな植物が芽を出す。
このあまりに当然であり、しかし脅威とするには何とも馬鹿馬鹿しい生物サイクルを断ち切るため、先鋒となったのが慶一たちのスーパーロボットだった。
戦いは困難を極めた。
怪獣は強大であり、強靭であり、個体差が激しかった。熱線を吐くものと姿形は同じでも、全身に濃硫酸の毒疱を持っているとか、とにかく統一した対策が立てられない。防御ドクトリンが確立しない中、多くの兵が経験を積む前に散って逝った。
そして頼みの綱のロボットたちは一品物ばかりで、定まった品質の修理や補給を維持するのも難しい。
必然的に残るのは熟練搭乗者と熟練整備士と言う、替えの利かない者ばかりになる。
そんな状態が五年も続き、怪獣の生息範囲は増えはしないが減りもせず、前線勤務者の精神だけが磨り減っていった。人類を守る剣は薄く、鋭く砥ぎ上げられ、何時折れても不思議でない酷使に耐えていた。
そして忘れもしない、あの日がやってくる。今日のように日差しの強い夏の日。慶一らはその役目を終えた事を、屈辱と共に思い知らされた。
侵略者の新型改造宇宙怪獣の戦線投入。その暴威の前にスーパーロボットたちは成す術なく敗北する。
しかし絶望は直後に払われた。設立なった地球連邦政府と防衛軍が満を持して出陣し、空陸に展開する圧倒的性能と数量の新型ロボット、空間機兵が宇宙怪獣を圧倒したのだ。
人類は膠着状態の中で息切れし、滅びを待っていた訳では無かった。未曽有の困難を前に団結し、反撃の準備をしていたのだ。
前線には機密保持の名のもと、情報が秘匿されていたのだが。
ともあれ、空間機兵は侵略者のUFO等から得た技術を全面的に取り込み、小柄ながらも防御面では既存のロボット群に退けを取らず、飛行能力や長射程・高威力の粒子砲を筆頭としたハイテク武装の数々は、これまで不可能とされてきた宇宙怪獣の輸送船を撃破する快挙を達成した。
統一された運用思想と、画一化された生産体制は、機体数と稼働率を跳ね上げた。
ここに地球人類は反撃の狼煙を上げたのだった。
重ねて言うが、前線には秘匿されていたのだが。
その後、地球防衛軍は各地で逆侵攻を開始。十年をかけて地球から侵略者を追い出し、月の前線基地を破壊し、火星の前線司令部を落として、侵略者の軍勢を木星の向こうにまで追いやった。
戦線から遠く離れた地球では、既に復興が始まって五年が経っている。
正に地球連邦政府の栄光の歴史であり、慶一たちはその影であった。
その後のスーパーロボットはと言えば、反攻作戦の当初こそ出番はあったが、飛行能力を持たない事による進軍速度の遅れや、大型なうえに異なる技術体系による整備の手間を疎まれ、次第に後詰めや二線級という扱いに下げられていった。
戦場が宇宙に移ってからは、空間機動能力を持たないスーパーロボットに活躍の場などなく、復興の為の瓦礫撤去や宇宙植物の除去へと役割はシフトしてゆく。
『人類を救えなかったガラクタの巨人は、今や草むしりに使われている』
当時、慶一が最も精神的に追い詰められたマスコミの言い草である。
勿論スーパーロボットの存在が全くの無駄であった訳では無い。むしろ地球連邦政府樹立までの時間を稼ぎ、空間機兵完成までの繋ぎを務めた歴史的意義は計り知れない。
しかしながら搭乗者たちが生命を賭し、青春を燃やし尽くして戦った日々が、栄光として語り継がれる事は無かった。
機種転換訓練を通るには搭乗者たちは旧来の乗機に最適化し過ぎていたし、柔軟な頭脳や耐G能力に優れた肉体のピークも近付いていた。結果、慶一たちは歴史に取り残された存在となった。
今の彼は防衛軍の補給に携わる民間業者の、しがない中間管理職である。軍に残って形ばかりの佐官に登る道もあったろうが、もう色々なモノが折れてしまった慶一にその気概は無かった。
政府に食いっ逸れる事の無い業種を斡旋してもらい、余生を妻子のために使おうと決めていた。
慶一はもう一度、億劫そうに空を見上げた。遙か成層圏を越えた先に、今も地球防衛の誉れを胸に戦う若者たちがいる。その輝きは眩い夏の日差しとなり、慶一の陰影をアスファルトに焼き付けるようだった。
~ ~ ~ ~
「ただいま」
慶一の帰宅は18時が常だ。仕事の内容は日々変わらない基地への消耗品の納品管理であり、残業などはまず発生しない。当然のように手当はそれなりであり、復興市街地の一等地に二階建てを持つのも前職の退職金みたいな物だった。
防衛軍の日本支部が未だ自衛隊と呼ばれていた頃に貰っていた俸給は、連邦政府樹立時の通貨統一によって切り捨て同然の両替えをされ、手元に残ったのは命の対価には程遠いはした金だった。
それで慶一は満足だった。もう夜中に緊急出撃のサイレンで叩き起こされる事は無く、異性植物を引き千切る拍子にビルを倒壊させて後ろ指さされる事も無い。こんなに嬉しい事は無い。
洋風の居間の前を通ると、小学三年生の息子が合成皮のソファの上で携帯ゲームをやっている。夢中で遊んでいるので『ただいま』と声をかけても、『んー』と気のない返事がかえって来るばかりだ。ディスプレイに映るのは空間機兵のスタイリッシュなシルエットで、父としては微妙な気分だった。
極太の粒子砲を腰だめに保持して放つと、画面の宇宙怪獣の生命力ゲージが見る間に減ってゆく。この十年は実際の戦闘もそういうものらしい。
息子はスーパーロボットが四苦八苦して宇宙怪獣を殴り倒していた時代を知らないし、父がパイロットであった事も知らない。慶一も話さないし、あの苦しい時代は今の輝かしい復興の時代には相応しくないと思っていた。
心なしか薄暗い廊下を自室に向かって歩いてゆく。
二階には人の気配がない。中学生になる長女はコンビニにでも行っているのだろうか。いや、仮にわざわざ自分にあわせて降りて来るとしたら、小遣いの交渉か、洗い場で父の下着を分別しなかった事に怒っているかだろう。
そういうお年頃であった。夕食まで鉢合わせしない方が、心穏やかでいられた。
夫婦の寝室に入ると慶一はスーツを脱ぎ、部屋着のスウェットに着替える。かつては戦うために針金を寄り合わせたように鍛え上げた肉体だったが、ここ十年はメンテナンス・フリーに近い。四十代ともなれば往事の名残は贅肉で覆われ、髀肉の嘆を地でゆく。
が、そんな一連の冴えない中年の日常も、生きていればこそだった。
俺は何も間違った事をしちゃいない。生き残った幸運を、余生を使って噛み締めるんだ。
いかにも堅気でない決意を胸にダイニング・キッチンに行く。
「おかえりなさい」
妻、榛名のこぼれる様な笑顔が彼を迎えた。未だ三十前半の女盛りである。エプロンできゅっと締まった凝脂の乗った腰つきなどは、色々なモノに下方修正の始まっている慶一には毒だった。
榛名は冷蔵庫から500mlの発泡酒を取出し、心地よい音をさせて開けるとグラスに注ぐ。
「お疲れさま」
「ありがとう」
いつもの遣り取りをして、慶一は糖質に目一杯制限のされた、薄くて炭酸ばかりが強いアルコールを胃の腑に流し込んだ。こんなのでも慣れれば美味いと感じるし、たまの本物のビールが有難く思えるようになる。
地球上の復興が進み、統制が緩み始めている昨今では、代用ビールみたいな代物も数が減ってきた。それでも妻がその手の類を買ってくるのは、やれカロリーだ糖質だと慶一の身を思っての事だ。
甲斐甲斐しく世話をしてくれる、一回りも歳が下の美人の嫁さん。そんな嘘のような彼女に出会えたのは、パイロットであった時代の数少ない拾い物であった。
避難民の列に突っ込む怪獣を、機体を楯にして受け止め、殴りつける。その列の中に、まだ少女だった榛名がいた。避難所まで逃げ延びて後、命こそ助かりはしたが、家も家族も失った少女が心中の絶望の淵を覗き込んでいるとき、偶々それを見つけた若かりし日の慶一が、レーションのチョコレートを与えて励ましの声をかけた。
そんな些細な事でも、世界中で黙示録の戦いが始まったかのような混乱の中にあっては、彼女が一言礼を言う事を心の支えにしたとて、誰が笑えるというのか。
時が経ち、避難所が疎開先に変わって、あのお兄さんがロボットのパイロットとして怪獣と戦っていると知ったとき、締め付けられるような胸の痛みを覚えたとて、誰が止められるのか。
ちなみに慶一がチョコをあげたのは、米軍供与のMREの味が舌にあわず――決して世界一不味いレーションとか言ってない――かと言って捨てるに忍びなかっただけなのだが、それは墓の下まで持ってこうと決めている。
やがて空間機兵を伴う最大規模の反攻作戦が企図された時、使いどころが難しくなったスーパーロボットもここを先途と、激戦区に投入されるのが決まる。
空間機兵の運用とて、あの頃は試行錯誤の最中で、決して万全とは言えなかった。作戦本部も藁にもすがる思いだったのだろう。同時にスーパーロボットのパイロット達は燃えた。空間機兵との隔絶した性能差を見せつけられ、日増しに無聊をかこつ事の多くなってくる中での、示し合わせたような晴れ舞台だ。
ここが最後の戦ばたらき。パイロット達の目に不穏なギラつきが宿った。
困難な作戦を前に、降って湧いた様に見合い話が持ち上がった。若者が自棄を起こさぬように、帰る場所を用意してやろうという周囲の意図もあったが、どちらかと言えば早急に跡継ぎを用意させねばという後ろ向きな義務感が主だった。
パイロットの遺族となれば少なくない恩給も期待できる。残された妻子のたつきも心配はあるまい。酷薄な物言いではあるが、地球生命の存亡をかけた戦いが常態化した当時では、間違った考えとは言い切れなかった。実際、戦火で夫を失った寡婦からの申し出も多かったと聞く。
そんな折に現れたのが、満腔の信頼を湛えた瞳を向ける、一回りも歳が離れた見目麗しい乙女であったものだから、慶一は何かの間違いではないかと疑った。
が、話してみれば、縁が無いと言う訳でもない。ともに係累の無い者同士、ひとまずの交際が始まった。
実を言えば、当時の慶一は折を見て榛名を養子縁組し、自分の遺族年金の受取り主にしようと考えていた。それが未来の知れぬ男に出来るせめてもの厚意だと考えていたし、自身の安いプライドも満足させる最適解であると。
しかし慶一は積年の煮詰まった想いを抱え込んだ若い娘の行動力を舐めていた。そこに防衛軍の発足からの強引な作戦と言う、安心から不安への上げて落とすの連携が加われば、乙女が肉食獣に変わるのもむべなるかな。
あれよあれよと【既成事実】が積み上げられ、慶一は係累一名となって、大作戦に送り出された。
その十数年後に家庭で管を巻けているのだから、作戦の結果は語る必要もないだろう。
ただ一つ誤算があるとすれば、
「はい、おつまみ」
榛名は酒のあてにと、山芋の短冊切りの小鉢をテーブルに置くや、慶一の指にそっと自分の指を絡めた。
ああそうですね、スタミナつきますね。慶一はあの頃と変わらぬ肉食系の妻の仕草に、今も圧倒されていたりした。
長々と書いてきたが、要は霧島慶一が大切にしようとしている余生とは、若かりし日に夢見たような形とは少し違っていたわけだ。いや、それだって生きていればこそなのだが、それを差し引いても、変わらぬ日常に一抹の物足りなさを覚える事がある。
あのスーパーロボットに搭乗していた日々のように、誰からも必要とされた日々が、懐かしく感じられる。そう思うのは生き残った者の傲慢なのだろうか。
~ ~ ~ ~
その日は曇天だった。空はコンクリートでも塗り付けたように一面の鈍色で、蒸すような暑さだけが地表に篭るようだった。ひと雨でも降れば過ごし易くなるだろうに、天候は人の要望など聞く気がないようだ。
だから慶一はその人物に声を掛けられたとき、不快さを隠そうともしなかった。全部天気が悪いのだ。
「まったく、かつての上官に何て顔をするんだ、キミは」
初老の男性は、口ぶりの割には気分を害した素振りもない。皺やシミの増えた顔にむしろ笑みを浮かべる、小柄な男性だった。防衛軍の夏服は肩やら胸やらに飾りが多いYシャツであるが、その飾りを見ると、慶一の馴染みの無いものだった。
「昇進されたんですか?」
「遅まきながら、少将だよ。対宇宙人戦闘のオブザーバーとして、いつまでも席ばかり残される。好い加減、退役する歳なのだがね」
「何を仰られます、近藤少将閣下。あなたは間違いなく、あの時代を戦った者の誉れです」
「その台詞をもう一度、私の目を見て言ってくれないか?」
近藤と呼ばれた将官は今度こそ嫌そうな顔をした。それから公道を指差し、
「まぁいい。ちょっと付き合ってもらえんか?」
公道には公用車の黒いセダン――運転手の下士官付き――が停まっていた。
「大丈夫、会社のほうには私のほうで連絡をしておくよ」
ああ畜生、矢張り謀ってやがったな。慶一は自分が待ち伏せされていた事に気付き、苦々しく顔を歪めた。
近藤と呼ばれた少将は中佐であった当時から、味方でいる分には心強いが、敵手にするには性質の悪い男であった。
例えば、補給が滞りがちなのは当時の基本ではあったが、致命的な部品が倉庫から払底する事は無かった。また、ひどく消極的な交戦を繰り返して時間を稼いだ事があったかと思えば、後で聞いてみたら無茶な死守命令だったと知った。
何が起ころうとも近藤は現実的なレベルで対応し、それでいて一定の成果は確保していた。慶一が今も存命でいられるのは、あの苦難の日々を近藤が率いていたからに相違ない。
が、数々の無茶ぶり・無理難題・ゴリ押しを実行させられてきたのも慶一たち現場の人間であり、できれば余生は関わり無きよう過ごしたい、と願って止まない相手であった。
そんな事だから、セダンが二時間も走って山間部の地下シェルターに入った時には、既に悪い予感で胸がはち切れそうだった。
首都機能の避難先として十年は使われた堅牢な地下構造物であったが、宇宙怪獣が少なくとも地球から駆逐された後は早々に遷都され、目覚ましい復興を続ける地表にあっては振り返りたくもない過去の遺影となり、訪れる者もいない筈だった。
しかし、そんな地下施設には灯りが点り、結構な数の人々が作業をしているように見える。
「どうかね?」
近藤は唐突に言った。
例えば作業者たちは白衣や作業服で、防衛軍の作業用つなぎを着ている者も混じっているとか、コンテナから覗く機械部品は大型で、大掛かりな物を建造しているようだとか、思うところはあったが、それを口にしたら最後な気がして慶一は明るい声ですっ呆ける。
「老朽施設の解体工事ですね」
「いい笑顔だな。しかし、これを見ても、同じ顔ができるかな?」
セダンは地下施設の奥に進む。トンネル状の通廊を抜け、高さのある広間に出た。
慶一は息を呑んだ。セダンが止まるのも待ちきれず、ドアを開けてコンクリートの床に転がり出ていた。薄暗い広間の中央がライトアップされている。慶一の視線は、そこにずっと注がれていた。
例えば、色あせた記憶の中の初恋の相手が、ふとした時にあの頃と変わらない姿でいたとしたら。
中年男の口が呆けたように開き、見開いた目は驚嘆に時折震える。胸中はとろ火で焦がされるようで、声にならない擦れた吐息が洩れた。
大地を踏みしめる太い足があった。どんな打擲にも耐える太い胴体があった。何物をも打ち砕かずにはおれない太い腕があった。なにもかにもが太かった。
しかし、必要十分な能力を持つ空間機兵の技術体系にあっては、無意味な筈の太さだった。
だが、確かに、そこにあった。その巨体と、出力と、自前の装甲だけで戦い続けた、傷だらけの守護神が、確かにそこに佇立していた。
「金剛……」
かつての愛機の名を、慶一は懐かしさと労りと、幾分の憐みを込めて呼んだ。
「金剛改と言ったところか。同一機体ではないよ」
近藤が隣りに立ち、彼と同じように遥か頭上を見上げる。空間機兵のバイザー付きヘルメットのような洗練されたデザインでなく、装飾兜を被った武人のような頭部があった。
「新規建造ですか?今更?」
慶一は問いただす。
近藤は釣れたとばかりに良い笑顔を見せた。
「もともとは空間機兵計画に参画できなかった中小企業の救済プロジェクトだった……連邦政府は早急な空間機兵建造のため、大企業主導で防衛軍の軍備を進めたのだが、ついぞスーパーロボット型による防衛作戦に従事していた熟練技術者たちには、声が掛からず仕舞いになった。皆、金剛のような替えの利かない機体にばかり精通していたからだ」
君と同じようにな。近藤は付け加えた。
慶一が改めて周囲を見渡すと、作業服の男たちの中に見知った顔をいくつも見つけられた。どいつもこいつも――そして自分自身も――老け込んでいたが、にわかにあの騒がしかった日々が戻ってきたように錯覚した。
「近藤さん、じゃあ、こいつは……」
「最近の技術でもって再建された、新たなスーパーロボットだ。空間機兵計画に携われなかった既存技術に熟練しすぎた技術者たちに新技術を教え、逆に新人の技術者たちへとベテランのノウハウを伝えるためのプロジェクトの成果だよ。まぁ計画自体が習作の為であって、これも替えの利かん話には違い無いのだが、しかし、もはやブリキの巨人ではないのだ」
慶一は呆けたように、金剛と呼ばれた新たな巨人を見上げた。
全てが否定されたと思っていた、あの抵抗の時代の産物が、こんな形で今に受け継がれていた。ともすれば感極まりそうになる慶一だったが、そうしなかったのは近藤の顔が引き締まるのを見たからだ。
「……三日前、火星衛星軌道上の外縁防衛艦隊本部よりの連絡が途絶えた」
近藤の不意の発言に慶一は息をのむ。
「天文台の観測結果から、激しい戦闘が続いている事が確認されている。【ディ・サトゥ】人の再侵攻だよ」
「……通信の途絶というのは?戦闘が続いているなら、火星基地は健在ではないのですか?」
「そこが今回の肝だろう。超空間通信は敵機からの技術移転から十年を経ているが、さして進歩が無い。今さら妨害が始まったって、むしろ連中の対抗策が遅いくらいだ。それに、他にも、そういう技術はある」
近藤は含みを持たせるように言った。
「超空間通信を妨害され、粒子砲の光は確認されているにも関わらず、戦闘が終息する気配が無い。拾った技術の全てを血肉に出来た訳で無く、それでも何とかなってしまった。そのツケが回って来たのかも知れん。なぁ、この十五年、我々は勝ち過ぎたのかも知れんよ」
自嘲的な笑みを浮かべていた近藤だったが、次の決定的な言葉を吐く時には真顔に戻っている。
「だが、誰かがやらねばならん。この星の明日のための、スクランブルだ」
慶一は鉛を飲み込んだような顔になっていた。
「それで、俺は……」
声が擦れたのは空調のせいばかりではない。軽い眩暈と、足の覚束なさもあった。
それは彼の世界の揺らぎであり、動揺だった。
荒廃した地表の復興に喜び、子供の成長を見守り、妻との時間に安堵する。それら全てが砂上の楼閣になろうとしていた。
慶一は、ふと、誰かの視線を感じた。
周囲に目を向けるが、懐かしい整備士連中の顔が有りこそすれ、こちらに目を向けている者はいなかった。気のせいか。そう思いかけ、ハッとなって頭上を見上げる。
金剛と目があった。
特殊樹脂のアイカバー越しに、機械的な作動状態に無いカメラ機構が見えた。そこに意思がある訳がない。あるとしたら、金剛の似姿を通して覗く、過去の自分だろう。
『もう一度、子供じみた夢を見ないか?』
幻の過去の自分の問いかけに、口の端が淡く歪む。
遥か見上げる鋼の体躯に、日々を無難に過ごす中年男の姿が重なった。
足の萎えも嘘のように引いていた。踵を合わせ、一本筋の通った見事な気を付けの姿勢を取ると、なんとも張りのある腹からの声が出た。
「閣下、自分にスーパーロボットがあるのなら、如何様にでも働いてご覧にいれますッ」
それは冴えない中年中間管理職の立ち振る舞いでなく、燦然たる宇宙怪獣の撃破数を持つトップエースの姿であった。
近藤は心の内で苦笑する。慶一のパイロット復帰への説得が一番の難事と踏んでいたが、機体を見せればこれだ。何とも救いようの無い好ましさじゃあないか。
「きっと、ひどい事になるぞ?あの頃と変わらんぞ?」
「補給は切れ切れ、出撃ローテーションは過密、索敵はあてにならず……でも指揮官と、整備士の腕は最高でした」
「パイロット達の腕もな」
中年と初老の男が揃ってイイ笑顔を交わす。
「それに、少将がわざわざ自分を迎えに来るってことは、スーパーロボットの操縦士がいないのでしょう?空間機兵パイロットはマイクロマシンを介して機体や僚機とリンクしているそうですが、もしかして……」
「おそらく、その機能にも妨害が始まっている。火星近傍の観測結果じゃ、ひどい乱戦が起こっているようだ。統制された飽和攻撃など微塵もない。ああ、この辺、軍機だから他言無用で頼むよ」
近藤はえらく軽く言ったものだった。
前線ではこれまで敵を圧倒していた集団戦闘の前提が崩れている。今、必要なのは、寸断された戦線を建て直し、必勝のロジスティクスを再構築する時間を稼ぐ事だ。
過去において、そうであったように。
近藤の言う通り、また、ひどい事になるのだろう。慶一は金剛の傷一つない巨体を見上げ、心中で語り掛ける。
『今ある最善を詰め込み、兵器としての将来性など期待せず、後に続く者たちに顧みられる事もない。今にお前も傷だらけになる。だが、そうしてお前が押し戻した時間の先に、きっと人類は追いついてくれる。その時は笑って追い越されよう。俺たちは生まれた時から時代遅れになる事が決まっているんだ』
その予測は確信めいていた。長年の鬱積であったにも関わらず、それは不思議と胸の中にストンと落ち込んでいった。
霧島慶一と金剛にしか出来ぬ事がある。果ては路傍の石と砕けても、金剛石は星となって宇宙を照らすだろう。
『いや、砕けぬ』
父であり、夫であり、男である彼には、まだまだ務めが残っていた。
そしてこれから待っているだろう数々の困難を前に、いつしか慶一の顔には太い笑みが浮かんでいた。
甲燃記キリシマ ~或いはスーパー・ロートル・ロボット大戦 第0話~ 藤木 秋水 @to1low
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