異世界にいるのに魔力がほぼない令嬢、武術でドラゴンを屠る

@optimumpride

Battle No.0 VSファイアー・ドラゴン

 僕の名はナタリー・オークス、魔法騎士という魔法で闘うの職業においての名家であるオークス家の長女であり、今は冒険者をやっていて、前世である日本の高校生としての記憶を持つ王道的な転生者でもある。

 生まれた体質のせいで魔力量が常人の数倍より少ないせいで家ではぞんざいに扱われているが、それはどうでもいいし、むしろ異世界主人公感があって気に入っている。

 特技は格闘技、夢は最強の武術家になる、趣味は強き者と戦うこと、よろしくっ。

 突然だが僕は今、冒険者としてギルドの依頼でファイアードラゴンと戦っている。

 

「がっかりさせるなよ、ファイアードラゴン」

「キュォォォォォン!」


 ドラゴンの叫び声が平原中に響く。

 身長だけで僕の数倍、巨大な翼、巨木のように太い四本足、長い首、いかにもファンタジーのドラゴンという感じ。

 

「……」

「……」


 あれっ? ドラゴンの方は僕を見ているだけで全然掛かって来ない。


「ガルル」

 

 先とは真逆の小さな声で鳴き、ドラゴンはそっぽを向く。

 そしてやつは森の方で狩ったと考えられるイノシシの魔物を食べ始めた。

 お、おいっ。なんで背中を見せるんだよ。

 確かに僕は女で、冒険者の中では細い方で、15歳しかなく、魔物や村の家畜と比べれば美味しくないが。

 僕は、脅威じゃないとでも言うつもりか。


「思い上がんなよトカゲ野郎オオオオオォォ!!」

「!」


 全身の筋肉に力を入れ、原始の本能である攻撃的な笑顔を剝き出し、殺気を全開放する。

 その瞬間、地面から、空から、全方位からあらゆる動物や魔物が逃げ出す足音、羽ばたく音が聞こえる。

 殺気はドラゴンにも届いたのだろう。やつは立ち上がり、翼を広げ、牙を剝き出す、一目で分かるほどの戦闘態勢に入った。


「最初からそうしろよ、トカゲ野郎が」

「グォアアアァァ‼」


 やっと脅威を理解したドラゴンが、自ら僕に仕掛けてくる。

 走ってくるやつの一歩一歩はそれぞれ小さな地震を起こし、もしその爪に直撃されたら一巻の終わりだ。

 やつの間会いに入った、爪攻撃がやってくる。


 「カァアアア」


 早い、そして力つよい、並みの冒険者ならここで死んでしまうだろう。

 だけど僕は違う。


「しゃあっ!!」

 

 避ける、全ての爪攻撃が避けられる。鍛え上げられた僕の体ならそのスピードについていけるはずだ。

 隙を作り出さず、最小限の動作で、ぎりぎりまで爪を回避する。そしてその隙にドラゴンの攻撃パターンを読むんだ。


『ゴオオオオ』


 頭の上から聞こえるこの音、感じるこの熱量、そこには火が燃えているはず。

 即ち、


「待ってだよっ、ファイアー・ブレスト!!」


 ファイアードラゴンの火炎弾だっ!!

 それに応じて僕は円を描くように高速で両手を振り回す、シンプルでありながら最も有用な技の一つ。


『ドドドドドド』

「しゃあっ!廻し受け!」


 ドラゴンの火炎弾が僕に直撃。火炎弾の着弾範囲の辺りが火の海へと化す。

 そして僕は、火の海の真ん中で、無傷のまま立っている。


「グォアアアァァ‼」

「はじめて見ただろ、君の火炎弾を正面で受けても生き残れる生物を」


 ドラゴンは僕に向けて咆哮をあげる、まるで理解ができない目の前の現象に訴えるように。

 廻し受け、それは現代日本の空手にも通じる防御技。両手で円を描くことで空気の流を乱し、極めると炎が通れない真空の壁を作り出せる。だから火炎弾に直撃されても無傷でいられる。


 だがファイアー・ブレストを無力化しただけでこの戦いが終わった訳ではない。

 周りが火の海になったことで、動くスペースが狭くなり、ドラゴンの猛爪が更に避けつらくなる。

 やつの攻撃が襲ってくる。

 絶体絶命、だけど、


「危機だからこそっ! 前へ出るっ!」


 僕はドラゴンへ走った。もちろん正面で爪を食い止めるつもりではない。

 先の接戦のお陰でドラゴンの攻撃パターンを読めるようになり、爪を躱す。目指す先はドラゴンの胴体。


「これなら当てれないっ!!」


 大型魔物戦の必勝法その一、魔物とできるだけ密着する。

 まず、密着になることによって魔物の手足は充分に伸びない、一撃の物理ダメージは大幅に減少される。魔法攻撃も自分を巻き込まないために手加減を強いられる。

 そして、


「グォアアアァァ‼」

「焦ってる焦ってる、僕を捉えられないだろ」


 大型魔物、特に四足歩行の魔物と近接になると、魔物の視界は自分の体に邪魔され、ただでさえ小さい人間を捉えることが至難の業となる。


「さっきの、お返しっだあ! しゃあっ!」


 腰が入れた全力のアッパーがドラゴンの腹で炸裂っ。


「なにっ」


 アッパーの衝撃が全くドラゴンに響いていない。

 当たった感触は岩、いやっ、それ以上の鋼鉄。

 まるで巨大なビルを殴ったのように、堅牢のビルはもちろん拳如きで響かないし、反応もしない。


「やっぱり今の僕じゃ無理か」 


 そのタフさの秘密は、ドラゴンの鱗。

 最上級素材の一つであるドラゴンの鱗はエリート魔法騎士たちの鎧や武器の素材として使われている。

 国最強の魔法騎士の攻撃魔法でも耐えられると言われる鱗が、僕の拳一つで砕ける訳がない。

 これはまずい、僕が攻撃したせいでドラゴンは僕の位置を把握した、態勢を変えている。


「それならっ!」


 ドラゴンに見つかる前に胴体の外へダッシュし、ジャンプ、やつの背中に乗る。

 早めに移動したお陰でやつはまだ僕に気付いていないようだ。

 パンチでは足りないのなら! 貫手で鱗を貫く!


「貫手(スピア)!」


鱗に当たった瞬間、鋭い音と火花が散った。砕けてはいないがパンチよりは好感触。


「しゃあっ! 貫手(スピア)・連打(ラッシュ)!」

 

 一発、十発、三十発……高速の連撃を食らった鱗から、段々と亀裂が見えてきた。

 

「キュォォォン!」

「やっと気付いたのかトカゲ野郎!」


 僕は背中にいることが気付いたドラゴンは威嚇するが、今となってはもう遅い。

 四足歩行のせいで手足は僕に届かない、首も真後ろまでには回らない、さっきみたいの攻撃手段は一つもない。

 やつに残る手段は振り落とすのみ。

 僕は理由もなく正面より硬い背中の鱗を狙っている訳ではないのだ。


『ゴンゴンゴンゴンゴン』


 全力で走り回るドラゴン、加速したり急停止したり僕を振り落とすために手を尽くしている。

 だけどこっちは連撃を止めることはない。


「僕のバランス感覚をなめてんじゃねえぞ!」


 僕はこの世で一番凶暴な牛だと言われるデーモン・タウロスに乗で、暴れ回っている状態でもマウンティングを維持する訓練を受けてきた、これくらいはどうということはないっ!

 だがドラゴンの方も一筋縄ではない、やつは翼を広げ、このまま空に飛ぶつもりだ。


「それ(飛行)はダメだろっ! 手刀(セイバー)!」


 飛ぶことを邪魔するために、右の翼の根元を手刀(セイバー)で真っ二つにする。

 確かに鱗は厳しいが、柔らかい翼の破壊なら安い御用だ。


「アガガガガガッ!」

「待ってろよ今トドメ刺してやっから」


 ドラゴンの悲鳴を無視し、鱗をひたすらに叩く。

 小さな亀裂は大きな亀裂になり、大さな亀裂は穴になって、


「おっしゃあっ‼」


 鱗が砕けた。


「アガガガガガッ!」


 鱗を砕き、肉を掘り、その先は、


「見つけたぞっ!」


 真珠のように真っ白な背骨だ。

 例えファンタジー生物であるドラゴンでも、あるべき身体部位はそこに存在する、背骨も同じ。

 そして背骨が破壊されたら、生物である以上それは死に至らしめる。


「これでっ、終わりだあああああ!」


 最後の貫手(スピア)を繰り出そうとした瞬間、ドラゴンの全身が輝いた。


「えっ」


 そして高熱と共にドラゴンは爆発した。

 本能が危険だと察した僕はその前に全速で逃げたが、あのまま攻撃していたら今は死体すら残らないのだろう。

 ドラゴンが居た場所は爆発の煙に包まれている。


「自爆? まさかぁ」


 もしこれはアニメだったらどっかのキャラが「やったか?」と言っただろ。 

 だけど僕には感じられる、煙の中から溢れ出る凄まじい殺気。

 やつはまだ生きている、しかもただ生きているだけではない。

 煙が散り、そして中から剝き出すやつの姿。


「なっなんだあっ」


 ドラゴンが立っている。両足だけで、大地に立つ。

 残された片方の翼は小さく、首は先より短くなったが、やつの体は明らかに「筋肉」という鎧に覆われている。

 これは最早、ドラゴンというより人型の魔物という感覚だ。


「これが、真の戦闘態勢ってことか」


 その姿には見覚えがある。

 古い魔物図鑑の中にしか記載されていない、ドラゴン・ロード、即ち龍王。

 その腕力は城壁を壊し、その炎は鋼鉄を溶かす、城一個を滅ぼせる超危険魔物。国の魔法騎士が総出するレベルの案件。

 あの化け物がこんな田舎にいるなんて。

 こ、こんな、こんなことが……


「最っ高じゃないか!!!!!!!!!!!」


 アドレナリンが急激に分泌される、全身の血が昂る。

 今までに会ったことがない強敵、計り知れない強さ。


「ガアアアアアアアアアアアアアア」

 

 なんだよその咆哮は、音波だけで町をぶっ壊せるじゃないか。

 凄すぎる、凄さの次元が違う。

 感動するぐらいに圧倒的だ。

 だから、


「ドラゴン・ロード、僕はお前の本気を」


 僕も今まで隠していたものを使う。


「今持つ全ての技術で報いる」

「グォアアアァァ‼」


 ドラゴンがダッシュする。

 人型になったことで、視界が邪魔されなくなり、背中にも手が届く、今までの戦術は通じない。

 そしてそのスピード、そのパワー、恐らく今のやつの身体能力は以前の数倍以上。

 今のままじゃやつについていけない。

 気付けばやつは目の前に居た、城を壊すパンチがやって来る。

 ならば、魔法発動っ。

 オリジナル雷魔法、


「エクストリーム・スピード」


 その瞬間、時の流れは急激に遅くなった。

 僕はライフル銃の弾丸に負けない高速パンチを完全に捉えている。

 そして避けられる。


「しゃあっ!」


 僕は雷属性の使い手だ。だが最初に言った通りに、僕は魔力がまるでない。

 雷属性の基本中の基本である「エレキット・ショック」ですら使えない、感動するぐらい才能がない。

 だけど弱いからこそ使える技がある。

 エクストリーム・スピード、それは静電気レベルの弱い電気で脳や内蔵を刺激し、あらゆる脳内麻薬を強制的に分泌させる技。脳内麻薬の効果によって脳の反応速度は限界まで高まる。

 おまけに電気で筋肉を刺激し活性化させる、だから動きも反応速度についていける。

 魔力が少ない僕だから使える、言わばフィジカル魔法。

 確かにドラゴンの最高スピードは素早いが、


「スピードにおいて僕は誰にも負けないんだよォ‼」


 回避に関してはドラゴンが変身する前と同じ、いやっ、それ以上だ。

 余裕ができたのなら、反撃だ。

 僕が使える、ドラゴンの鱗にも防げない攻撃。

 ならば今は僕が属する流派(・・)のあの(・・)技(・)を使う。


「桜(は)陰流(おんりゅう)」


 狙えはドラゴンの腕、繰り出すのは拳じゃなく、掌。

 そしてそこに回転を加える。


「『浸透波(しんとうは)』‼」


 横からドラゴンの腕に直撃。


「アガガガッ!」


 ドラゴンは悲鳴をあげた、ダメージあり、浸透波の打撃が鱗の後ろまで届いたってことだ。

 掌の衝撃は拳と違って、体の奥深くまで浸透すると言われている。

 浸透波は精密な力加減により掌で繰り出せる衝撃を最大まで強化し、回転を加えることで衝撃をもっと奥まで届ける。

 元々の目的は一発で敵を内蔵破裂させる技だ。いくらドラゴンでもダメージを避けられない。


『ゴオオオオオオ』

「まだこのパターンか」


 今日二発目のファイアー・ブレスト。

 火炎弾発射っ。


「廻し受……いやっここは違う」


 両手で円を描くのではなく、片手で火炎弾へ向かって打撃を繰り出す。

 イメージは鞭のように、素早く舞い、空気を爆ぜる。


「しゃあっ! 桜陰流『真空ずらし』!」


 手を振った瞬間、空気から爆音が聞こえた。

 そして直線で飛びかかる火炎弾はなにかに邪魔されたかのように、軌道が曲がり、そのまま僕の真後ろの方に飛んで行く。


『ドカーン』


 爆風と高熱が背中に襲い掛かる。この感じだと、後ろのどこかででかいクレーターでも作ったのだろう。


「こりゃあ廻し受けでガードしても無傷ではいられないな」

 

 真空ずらし、それは音爆をイメージした技。高速かつ強力に手を振ることによって真空波を作り出し、燃えない真空の壁と真空波のインパクトで火炎弾の軌道をずらす。限界まで鍛えると物理の飛び道具まで防げるらしい。


「グォアアアアアアアアアアアアアァ!!!!!!!!」

「おおっこれは今日一番の咆哮じゃないか! ふざけんなとでも言うつもりかトカゲ野郎!」


 激憤したからか、ドラゴンはなりふり構わず全ての技を放り出した。

 拳、蹴り、そして火炎弾。一つ一つはかすり傷でも致命傷になる波状攻撃。

 だけど今の僕なら、


「『真空ずらし』! 『浸透波』!」


 避けられる、捌ききれる、優勢をとれる。

 永遠にも思える長い攻防。


「勢いがなくなってるぞ! 昼寝でもしたいのかぁあーん!」


 今の結果は当たり前のことだ。

 生まれながら限界を超えた強さを持つドラゴンに持久戦の経験がない。

 僕たち武術家は、強さの為に最小限の力で最大限のダメージを与える研究をし続けた。動きはドラゴンなんかの数百倍以上で無駄がない。

 やつの動きが鈍くなった、今がチャンスだ。

 僕はエクストリーム・スピードの高速でドラゴンの背中に回り込む。

 ここで大型魔物戦の必勝法その二、足関節を攻める。

 ここまでの巨体を持つ化け物だ、しかも両本足で立っている。その足には体重による大きな負担が掛かっているはずだ。

 そこで最も脆い足関節が攻撃されたら、バランスが崩れない訳がない、そして隙が生じてしまう。

 僕はジャンプし、右足に力を込めて、


「バルク・アップ!」


 技名を名乗った瞬間、僕の筋肉が普通の二倍のサイズまでに膨らみあがる。


「からの、足刀(クレイモア)!」


 今の僕にできる最大の蹴りを繰り出す。

 バルク・アップはエクストリーム・スピードと同じ系統の技で、電気を全部筋肉を刺激することに回し、パワーをエクストリーム・スピード以上に増やす。

 この足刀(クレイモア)ならダイヤモンドでも斬れるんじゃないかって自負している。 まだ試したことがないけど。

 だけど、


「ぎりぎり立っていられるのかよ⁉ 足は腕の数倍以上の威力があるのに⁉」


 さすがドラゴンとしか言えない、常識外れのタフさだ。

 だけどやつのバランスは確実に崩れている。

 トドメを刺すチャンスだっ!


「しゃあっ!」


 軽足で背中に登り、ドラゴンの頭上まで飛び上がり、そのまま自由落下。

 

「桜陰流『三(さん)魂潰(こんつぶ)し』!」


 無数回練習した動きで流れるようにドラゴンの目玉を貫手(スピア)で潰してから。


「しゃあっ!」

「アガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!」


 最後は両手で喉を貫く。

 三魂潰し、それは二つの目玉、喉、頭の正面にいる弱点を高速で壊す殺人技。

 普通なら首元の鱗に邪魔されて三魂潰しが使えないが。ドラゴンが人型になったせいで首が短くなり、首の可動域を邪魔しないために鱗の数が減って、通り抜ける隙を作ってしまった。

 だから三魂潰しが使える。

 ちなみに顔の神経が集まっている人中を攻撃する四魂潰しバージョンも存在している。

 だが三魂潰しだけではまだ終わりじゃない。

 両手で喉をえぐり、喉を掴む。

 体制を整え、両手に力を入れる。

 そして両足で空気を蹴るっ!


「桜陰流『空(くう)歩(ほ)』!からの!」


 空気を蹴ることで空中移動を可能とする空歩と、バルク・アップの怪力でバランスを崩れたドラゴンを引っ張る。

 そこから繰り出されるのが、多分プロレス史上最大のスープレックス。


「桜陰流『流れ星』!」


 巨体で完璧な円を描くスープレックス、その美しさとインパクトから流れ星という名をつけられた、桜陰流の奥義。


「これで、終わりだっ!」


 ドラゴンの脳天は地面と激突し、脳みそが飛び出す。そのインパクトはクレーターを作ってしまうほどだ。

 ファイアー・ドラゴン、またはドラゴン・ロード、死亡確認っ。

 僕はドラゴンの死体から抜き出し、やつに向かって最後の言葉を残す。

 

「対戦ありがとうございました!」


 異種バトル、人間の技術の勝利であるっ。



―村長視点―

 俺たちの村の周りにファイアー・ドラゴンが出現した。

 やつはここ一帯の生態系をぶっ壊わし、商人を襲い、この村をめちゃくちゃにした。

 森の中の魔物も恐れない村の戦士たちはそのドラゴンに重傷を負わされ、この村だけでは解決できない大事件となった。

 俺はすぐさま国の魔法騎士に助けを求めた。国を守る騎士たちなら助けてくれると信じて手紙を送り出した。

 だが現実は残酷だ、返信は帰って来なかった。

 この村は辺境にいる田舎で、しかも相手はドラゴン、魔法騎士はその労力を使えたくないのだろう。

 絶望した俺は、仕方がなく冒険者ギルドに依頼を出した。

 国のスタンスは才能のある人を魔法騎士にすることなので、冒険者は魔法騎士より弱いのが常識。

 しかも国の冒険者への支援が少なく、簡単な依頼ならまだしも、ドラゴン討伐になると報酬額は魔法騎士の倍以上。

 そもそもドラゴンが倒せる冒険者パーティーが存在するのなら、彼らはとっくに魔法騎士になったのだろう。

 それでも選択肢がない俺は、冒険者ギルドに頼るしかなかった。

 意外と返事がすぐに帰ってきた。しかも報酬額の要求は冒険者の相場ところが、魔法騎士よりも低い。

 この好都合に疑いを持ちながらも、俺は信じることしかできなかった。

 そして冒険者は村にやって来て、俺は目を疑った。

 そこには強そうな冒険者パーティーがなく、軽装の少女一人しかいない。

 絶望した俺だったが、もう村を捨てるしかできないと思った俺だったが、今は、


「冒険者さま! 俺たちは一体どうやってこの御恩を返せばいいのか!」

「落ち着いて! 僕はみなさんからよくしてくれたから、今のままで充分ですよ」


 村人全員が村から離れようとする冒険者さまに感謝をしている。

 彼女は本物だ、詐欺でもなんでもない。

 村に来てから一週間足らずに、彼女はドラゴンの首を持ってきた。

 武器すら持っていない、一人の少女が。


「そうはいきません、せめて傷が治るまでこの村でもう少し滞在を!」

「昨晩宴会を開いたんじゃないですか、これ以上よくされるとこっちの方が申し訳なくなると言うか……」


 冒険者さまは困った顔で苦笑いした。

 ここまでの実力者がこんなに腰が低いだなんて思ってもいなかった。 

 彼女は気まずそうにまだ口を開く。


「それに、僕はみなさんの思ってるような優しい人じゃありません」

「えっ」

「そもそも僕がこの依頼を受けた理由はドラゴンと闘(や)りたいからであって、村を助けたいというより村の不幸に喜んでる立場なんです」


 想像もしなかった言葉が冒険者さまの口から発する。


「見たでしょう、血塗れでドラゴンの首を担いてる僕の姿、僕はそんな人です。だから感謝するより、『都合のいいバカ野郎を利用したぜ』くらいの扱いで充分ですよ。あっもちろんみなさんがそんな人だと思ってる訳じゃなく!」


 自分の言ったことを慌てて訂正する冒険者さまの姿を見て、それがあまりにも滑稽で、思わず笑ってしまった。


「ははっ、ははははは」

「あはは……やはり僕っておかしいですか?」

「ははっ、そうじゃありません」


 笑いのせいで吹き出した涙を拭き、俺は冒険者さまを見つめるなおす、真っ直ぐに。


「冒険者さま、あなたはあなた自身が思ってる以上に優しい方です」

「えっ……」

「だから自信をもってください」


 どんな理由であれ、彼女は村を助けてくれた。それは紛れもない事実。

 言い訳をする彼女の姿を見て、俺はなぜか自分の息子のことを思い出した。 

 こんなに出来のいい若者たちが傍にいる。この国の未来は安泰なんでしょう。


「うん……」


 冒険者さまは顔を隠した。恥ずかしさからか、それとも他の感情からか、俺には分からない。

 だけどこんなやさしい子が、ひどい人な訳がない。


「分かりました、もう無理を言いません。だけど覚えててください、俺たちは心からあなたを感謝しています」

「は、はい、こちらこそ」


 これ以上引き留めるのも無粋なんでしょう。俺は冒険者さまの背中を見送った。

 そして冒険者さまは急にこっちの方に引き返した。


「やばっ忘れてたっ!」

「どうされました?」

「ごめんちょっと待ってて」


 冒険者さまは急いで昨日まで寝ていた宿屋に戻り、そして数個の大きな袋を担ぎながら戻った。


「余ったから村のみなさんに渡そうと思って」

「これは一体……?」


 袋を開けると、俺は酷く驚いた。


「ドラゴンの鱗⁉」

「そうです、僕が持って行くより村に渡す方が役に立つと思って」

「村に渡す⁉」


 ドラゴンの鱗って最高級の素材じゃないか⁉ 貴族でも欲しがる物を、この村に渡す⁉


「いやーっ、僕ってさ重い鎧を着ないし、武器も使わないでしょう。鱗を持ってもお宝を腐らせるだけですよ」

「ででででですが、売ったら大金になるんじゃ」

「だからですよ! その鱗で村の再建に使ってください」

「えええええええええっ⁉」

「ちなみにドラゴンの骨は平原の方に残っていますから、気になりましたらそこで回収してください」


 常識外れの言動の数々に、俺は慌てるばかりであった。

 そんな俺の反応を全く気にせず、冒険者さまは微笑んだ。 


「僕はこのドラゴンの肉だけで充分です。焼いたらきっと美味いんだろうなぁ」

「あっ……そうだ! それならせめて馬車を用意させてください!」

「僕、徒歩で帰るので」

「徒歩で⁉」


 冒険者さまが所属するギルド分部の位置って、たしか結構王都に近いだよね。徒歩でこの辺境から王都辺りまで⁉


「肉が腐ったらまずいので、今度こそ本当に帰ります! さようなら!」

「さ、さようなら」


 冒険者さまは俺たちに手を振りながら去っていた、しかもスピードがめちゃくちゃ速い。

 最後にとんでもない爆弾を残してしまったら、冒険者さま。


「不思議な子だな」


 振り向くと、一緒に居た村人たちも啞然としている。

 だけどその中にいる俺の息子だけが目を輝かせていた。


「お父さん! 冒険者さますっごくかっこよかった!」


 しかも女の子に対してのそれではなく、もっとこう、昔本で勇者の伝説を読む時の反応に近い。


「そうだな、お前より一つ年上だけの子だと思えない」

「えっ冒険者さまはそんなに若いですか⁉」

「見た目通りじゃないか」

「てっきり不老不死の魔女の類だと思ってた」

「それは冒険者さまに失礼だろ!」

「ご、ごめん! それよりお父さん!」

「なんだ?」


 息子はさらに目を輝かせながら俺に問いかける。


「もしかして冒険者さまのことが知っているのか!」

「冒険者ギルドの知り合いに調べさせてもらったからな」

「どんな人なんだ! 教えてくれ!」

「そうだな……」


 情報をバラすなと言われていないし、ここだけの話でいいんじゃないかな。


「冒険者さまの名前はナタリー・オークス、上級冒険者の一人で、今年15歳」

「15歳で上級冒険者⁉」

「10歳の時から冒険者になっていて、『ライトリング・フラッシュ』というあだ名で冒険者の間で名を馳せてるらしい」

「なにそれかっけえ……あれっ?」

「どうした」

「ナタリー・オークスって、どこかで聞いたことあるような」

「そうだな、噂によると、彼女はあのオークス家の娘らしい」

「あの魔法騎士名家のオークス家⁉」

「ただの噂話だけどな」

「なぜ貴族でしかもオークス家の彼女が魔法騎士じゃなく冒険者に……?」

「その理由は噂話が出回る原因にも繋がっているんだよ」

「どんな理由があったらこんなことに……?」

「冒険者さまはね、ドワーフ・ハートの持ち主なんだ」

「ドワーフ・ハートってたしか、魔力を貯める心臓の容量が常人の倍以下になる病気だよね」

「ちゃんと勉強してるじゃないか。噂話によると、彼女はそのせいで魔法騎士になれなく、オークス家からも追い出されて、仕方なく冒険者になったという」

「そんなひどいな……! いやっちょっと待てよ」

「まだなんだ」

「冒険者さまは魔力がないのに、どうやってドラゴンを倒したんだよ⁉」

「あの様子から見るに、素手でじゃないかな」

「素手でドラゴンを⁉」

「それも噂話の一部で、彼女は『はおんりゅう』という奇妙な体術を使っていて、その力であらゆる魔物を倒して来たらしい」

「はおんりゅう?」

「その拳は岩ゴーレムを粉々に壊し、その蹴りはキラー・ウルフを真っ二つに切り裂く、無敵の体術だと」

「も、もうめちゃくちゃだな」

「そうだな、めちゃくちゃだな」


 息子もようやく他の村人と同じ感想に至ってしまった。

 ほんと、冒険者さまは不思議な人だ。


「お父さん、俺は決めた」

「いきなりなんだ」

「俺、冒険者さまみたいなつよい冒険者になるっ!」

「お前は村の中でもつよい方だけど、そこまでは流石に無理じゃないかな」

「絶対なってやるっ! 今日から猛特訓だっ!」

「期待してないから頑張れよ」

「そこは親として期待しろよ!」

「はははははっ」


 この時、俺はまだ知らなかった。

 遠くない将来に、このバカ息子は新しい勇者になることを。


―村長視点・終わり―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界にいるのに魔力がほぼない令嬢、武術でドラゴンを屠る @optimumpride

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画