イレギュラー

 いきなり、門戸が叩かれました。何事だと思って扉を開けたらそこには一人の少女が立っています。ひどく疲弊した様子の彼女は、姿形は私と似ているけども、全く同一ではありません。


 ですがその目の奥に宿る意思と知識は私と同じものが見えました。


 私は瞬間、彼女が私自身であると思いました。遥か昔に作ったクローンたちの子供でしょうか。


 最初に作った1の家系の男と2の家系の女が、いくつもの代を経てもまだ私の面影を失っていないことに彼女は驚きました。同時に同族嫌悪とでもいうのでしょうか。果てしない忌避感を感じました。


 悪寒が走ります。


 全く進化しない様に嫌悪を感じます。


 進化、というのは生命線です。今この世で生きるための。クローンで埋め尽くされた世で生きるための。ですが、全く変異個体は生まれません。


 私は何を間違えたのでしょうか。元はクローンからイレギュラー、つまりは進化個体を作るための策であったのに。

 何ひとつ成功しません。


 私が物思いに耽る間に、彼女はさようならと言って去っていきました。固有番号、と彼女たちが呼ぶ数字。私からすれば識別番号。それは1523でありました。15のクローンと2のクローンの子供ですか...確か前にイレギュラーが確認された個体が15の家系だった気がします。


 しかし、彼女は、全くイレギュラーの予兆が見られません。


 だから、私は彼女の背を追うことはありませんでした。呼び止める必要もありません。期待していたのですがね。


 彼女はもうすぐ機能停止することでしょう。私は扉を閉め、家に戻ります。そこにいた、夫に向けてこう言いました。


「識別番号1523を戸籍から消去しておいてください。ともにクローンたちの記憶の消去もお願いします」


「わかっている。そうだろうと思っていた。だってお前のクローンだ。自身がクローンであるという事実に耐えられるはずがない」


「えぇ。なんらかのイレギュラーが関与しない限り。しかも、彼女には父親からの影響も見られませんでした」


「そうか。残念だ」


 彼は声音を少しだけ落として言いました。そこにあるのは興味や好奇心で、哀れみでわありません。クローンに感情を向けることは馬鹿らしいからです。


 ▲


 彼は、ただ広い平原の中を歩いていました。少し前に集落を出た15の家系のイレギュラーです。


 平原には人の影が見えません。ただ草原が広がるだけです。もし通常のクローンであるならばその場で餓死をしていたことでしょう。このような環境に対応できるはずもありません。


 ですが、彼は違いました。集落の中で進化を遂げた遺伝子配列上の除け者です。


 特殊な能力を持った異種とでも言えばいいのでしょうか。彼は先天性的な障害としてそれを持っていましたが、ひた隠しにしていました。ですが、ある日妻に彼はそれを打ち明けました。


 それを妻は聞き、彼を追い出しました。


 人間というのは異種を受け入れないものなのです。集団はイレギュラーを許しません。


 それが当たり前です。最初からあの集落には自由なんかありませんでした。


 ですが、彼はそれを恨んだりしていません。妻が自分を恨んでいることがわかったからです。それは本能的な恨みであり、その他の何者でもありませんでしょた。


 彼女はその時だけ、自由でした。

 その感情と自由に文句をつけることは彼にはできません。


 クローンから生まれたイレギュラー。彼は未来を見れる能力を持っていました。未来の幾つもの可能性から最善手を選ぶことができました。


 だから彼は食糧を得る方法も、知っていました。未来の自分から教えられていました。


 ですが、避けることのできない可能性も知っていました。


 妻との間に三人の子を産んだ彼ですが、長女と長男以外は殺すことになっています。その代わり、長男と長女は世界の母により死ぬことはありません。家系を受け継ぎます。


 1の家系と2の家系だけが子供を増やすことを許されます。

 そこから生まれた子供が新しい家系を作っていきます。番号が早いほど、古くからある家となり、重んじられます。


 ですが、彼はその長女がいつか死ぬことをわかっていました。長男と次男ののちに生まれた三番目の子供です。


 世界の母の力の及ばない範囲の死です。いや、わざと及ばせなかった範囲の死、です。

 止めなかった死です。


 だから彼は彼女がより長く生きれる道を選びました。彼女に自由を授けようとしました。ですが、彼女はイレギュラーにはなれませんでした。感情はクローンのままでした。


 救えない運命でした。虚な自由に今も彼女はすがっているでしょう。


 しかし、唐突に彼は考えてしまいました。今はもう死んでいるかもしれない、とも思ったのです。


 自分には彼女を救うことができなかった。そう考えると人並みに彼の心は痛みます。


 ですが、彼は進みます。自分が行わなくてはならないことを予知していたからです。自分が未来に何をするかを、知っていたからです。

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