❄️3🎅

 外の街灯の光がぼんやり入る暗い部屋に、アパート脇の道路を地上車が走る音だけが響く。


 二人だけのささやかなお祝いパーティーは、本当に楽しかったんだ。

 おすすめのステーキ肉は柔らかくて、一年ぶりのワインはびっくりするぐらい美味しくて、懐かしい話で盛り上がってこれでもかってぐらい笑った。


 なのに、どうしてだろう。


 楽しかったのに、こわい。

 苦しくて、不安で、泣きたくなって――布団に入ってからずっと眠れない。


「ユキ、起きてんの」


 隣からぼそりとアキオの声がした。


「アキオも?」


「オレは基本寝つき悪りぃから」


「そっか……」


 知らなかった。

 そう言えば僕、ここに住むようになって睡眠薬買わなくてもすぐ眠れてた。


「眠れないのって、もしかしてオレのせい?」


「え、どうして?」


 予想してなかった問いかけに焦って聞き返す。


「最近元気ねーから。もし告って気まずくさせてんなら悪りぃし、キツいんならウチ出て自由にしろよ」


「ち、ちがうよ。アキオのせいじゃ、ない」


 そうだ。これは、僕の問題だ。

 いつかちゃんと、向き合わなきゃいけなかった。


「僕もずっと考えててさ、たぶんアキオと近い気持ち、かもしれない」


「うっそマジ?」


「でも、僕じゃダメだよ。僕は普通じゃないし、アキオの隣に相応しいはたくさんいるよ」


「なんでオレの話よ? オレはユキがいい。ユキはどうなん? こっからどうしたい?」


 僕がどうしたい、か。

 僕は……。


「僕は、一緒にいたいけど、こわい。君と近くなっちゃったら、今と変わっちゃうのが、こわいよ」


 あんなに奥に溜め込んでた思いが、するりと出てしまった。

 暗がりの部屋が、またしんと静まり返る。

 こんな事言われて、アキオ、困ってるんだろうな。


 どうして言っちゃったんだろう。

 恥ずかしいな。


 消えたくなりそうな沈黙のあとで、アキオがぽつりと言った。


「んじゃあ、手繋いでみるとか、どうですか」


「手……?」


「それって急に距離詰めんのがこわいって事っしょ。ならお試し、的な?」


 すると隣の布団がごそごそ動いて、にょきっと太い腕と手が出てきた。


 握るの? ためらってると今度は「早く」とうながすように手招きの仕草をしてきた。


 そっと手を重ねて、握る。


 少しカサついてる大きくてゴツゴツしてた指。

 キズなのか、少し手の甲がボコっと盛り上がってるところのある、たくさんの事を頑張ってきた人の手。


「あー……、コレ地味にヤバいな」


「な、なんで?」


「え、言っていい?」


「……おばか」


「ははっ」


「……あ、思い出した」


「ん?」


「君の手、いっつも熱かった」


「ユキのは、やっぱつめてぇーな」


「お客さんにもよく言われた」


「その客ぶん殴りてぇー」


「なんで。意味分かんないし」


 それから、どれぐらいアキオと話したんだろう。


 とりとめもない事とか、くだらない事とか、いつも一緒なのに不思議なぐらいたくさん話した、気がする。

 途中から僕は眠くなっちゃって、アキオとの会話はほとんどおぼろげにしか覚えていないけれど——。


 大きな手のぬくもりだけは、夜の間中、ずっと僕の手にいてくれた気がした。

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