第2話 霊感の少年
――俺には霊感がある。
いわゆる、幽霊を見たり感じたりすることのできる感覚。
人にはこれが大なり小なり宿っているのだと、俺の祖母は言っていた。
ただ、きちんと幽霊を幽霊と認識できる人間は非常に稀。
俺のように、そこに幽霊がいると確信できるほど強い霊感を持つ人間は、更に稀というものだ。
そんな感覚があったものだから、俺の幼い頃は正直そんなにいい思い出がない。
どこから幽霊が現れるか解ったものじゃないから、常にビクビクと怯えて過ごしていたし。
幽霊が見えるということを周囲に伝えたら、おかしなものを見る目で見られる。
友人と言える友人は、どこにもいなかった。
だから、今年から始まる大学生活にはそれなりに期待を抱いていたんだ。
大学生というのは、クラスというつながりがない分個人主義の趣が強い。
何より俺ももう、幽霊との付き合い方はそれなりに慣れた。
昔のように周りをいたずらに怖がらせたりはしないし、俺のことを知らない他人とならコミュニケーションだって取れるだろう。
――そんな俺の前に現れた、一人の幽霊少女。
あまりにも、幽霊失格な人間臭すぎるユアという少女は。
大学生になっても、俺と幽霊が切っても切れない関係であることを宣告するようでもあり。
しかし同時に、こんな幽霊は今まで見たこともないが故。
全く新しいことを経験できるんじゃないかという期待を抱かせるようなものでもあった。
まぁ、それはそれとしてこの幽霊失格少女は、人のスマホを勝手に弄って動画サイトを見ようとするわけだけど。
□
『で、出来心だったんですぅ……ここしばらくスマホなんて全然いじれてなくて。ほら、現代人ってスマホ依存症じゃないですか? 眼の前に危ないクスリがあって、我慢できる中毒者はいないでしょ?』
「まずその言動が危なすぎる。いや気持ちはわかるけどさぁ」
眼の前の少女は、あまりにも現代人って感じの少女だ。
見た目の良さもあるけれど、スマホを弄っているのが似合いすぎるというか。
スマホを弄っているところしか想像できないというか。
「でもさぁ、もうちょっとこう……何かあるだろ? こうして話ができるならせめてひと声かけてくれれば」
『あ、相手に声が聞こえると思ってなくって……今までこの部屋に入ってきた不動産業者の人っぽい女の人とか声かけても全然答えてくれないし……それに……』
「それに?」
『お、男の人と二人きりの場所で話をするのって、アタシ初めてだし……』
――それはなんというか。
やたら自爆してない?
ちょっと赤裸々な個人情報暴露してない?
別に言わなくても良かったと思うんだけど?
ああもう、すぐに気付いて顔を真赤にしている。
「……まぁ、それは解ったよ。実際、幽霊になってずっと一人だったならスマホの一つでも弄りたくなるのは理解できる」
『で、ですよね!』
「最初にやることが動画サイトの視聴なのが、あまりにも幽霊離れしすぎてるけど」
『で、ですよねー』
ぴょこん、と頭の上ではねたアホ毛っぽい一房の髪が、俺のダメ出しでへにょっとなる。
このわかり易すぎる感情変化は、幽霊になる前からそうだったんだろうか。
『そ、それにしてもレンさんは凄いですよね。幽霊……アタシのことが見えるなんて』
「……まぁ、普段はあまりいいことじゃないんだけど」
『あ、ご、ごめんなさい……』
「いや、いいよ。今回に関してはよかっただろうし」
あれから、ユアとは色々とお互いのことを話した。
俺には幼い頃から霊感があって、そのおかげでユアを視認できること。
ユアのような人間くさい幽霊をみたのは、初めてだということ。
他にもまぁ、色々だ。
「それでユアは……人だった頃の記憶が曖昧なんだっけ?」
『あ、うん……まず名字が思い出せないし、覚えてることも大分歯抜けだし……あと、その』
「……大丈夫、解ってるから」
――ユアには、死んだ時の記憶がない。
幽霊をしているいということは、少なくともどこかで致命的な何かを経験しているはずだ。
だけどその記憶がない。
本人のつらそうな様子からして、思い出したくないと考えているからだろう。
そうでなくとも、思い出したい記憶すら抜け落ちているわけだし。
『ただ……死んだのは、この部屋じゃないと思う』
「まぁ、もしそうだったら事故物件ってことになってるだろうしな」
『それにほら……着てる服も明らかに外用って感じだし』
今のユアが着ている服は、薄手のセーターの上に一枚のコート。
なんというか、おしゃれをして出かけますよみたいな装いだ。
流石にこの状態で、自室で死を選んだとは思いたくないな。
『後ね。さっき男の人と二人きりで話したこと無いって言ったでしょ? アレも実際には記憶がないんだけど……そんな気はするんだよね。これは、死んだ場所も同じ』
「この部屋で死んだ気はしないってことか」
『……うん』
昔読んだ本であったなエピソード記憶と意味記憶がなんとか。
多分そんな感じなんだろう。
幽霊だから、もっとオカルトな感じかもしれないけど。
あいにく俺は幽霊になったことがないので、そこら辺の感覚はいまいちわからない。
「まぁとにかく、だ。それならこの部屋が事故物件として紹介されないのも理解はできる」
『確か、部屋の中で死なないと事故物件としては扱われないそうですしね』
「それはそれとして、完全に隠そうとしたのに納得はいかない」
せめて説明の一つでもあれば、対策しようと思えたのに。
実際に出てきた幽霊が
とか思っていたら、その思考が漏れてしまったのだろうか。
ユアがなにやらショックを受けたような症状で、こっちを見ている。
まずい、結構失礼なことを考えてしまっていた。
と、思ったら。
『え、ええ!? アタシみたいな美少女幽霊が一緒というサプライズ、嬉しくないんですか!?』
「君たいがい図太いね? 自分で美少女っていうのか」
『いいますよ! だって可愛いもん。ほら見て、このウインク。あざといでしょあざといでしょ!』
「……あざといのは認める」
それはまぁ、うん。
ユアが美少女であることは疑いようのない事実だ。
『あっれー!? もしかして照れてる!? 照れてます!? やだなー、アタシ、いたいけな青少年を誘惑しちゃってる!?』
「……多分同年代だと思うんだけど」
『もう、そうやって話をずらさなくてもいいんですよ! やだなぁモテ期! モテ期だよアタシ!』
そして認めたらこれである。
なんというか、ひどく調子に乗りやすい。
あまりにもでれでれした笑顔で、可愛さが美少女に対するそれからマスコットに対するそれに変わりそうなほどの笑みを浮かべて。
俺のことをてしてしと叩こうとしてすり抜けている。
こういうところは、幽霊って感じだな。
『うわー、すり抜けますよ! すっげー!』
「……だんだん思考がそれてきてるな? というか、だな。実際困るだろ、普通の幽霊ならともかく。君はこれだぞ?」
『これって言わないでください』
「じゃあ、ぼかさずに幽霊失格って言ってほしいのか?」
『これでいいよ!』
なんという変わり身の速さ。
非常に愉快な少女である。
少女である……が、しかし。
「……ユアは普通の少女にしか見えない。だから俺としても、正直同年代の女子とまともに話をしたことがないから、今後どう接すればいいかわからない」
『レンさんとしても?』
「…………さっき自分で言ったことも忘れたのか? 言ったじゃないか、まともに男子と二人きりで話したことがないって」
『――――――――あ』
忘れていたのか。
忘れていたんだな。
『どどどどどど、どうしましょうレンさん! アタシレンさんに襲われちゃう!? 男の子を獣にしちゃう!?』
「それを俺に質問してどうする! そもそも君に俺はさわれないんだよ。さっき叩こうとしてすり抜けてただろ!」
『あ、アタシ幽霊でした!』
そこから忘れていくのか……
さっきすり抜けてたのに驚いてたのに。
幽霊で記憶が抜けてるとはいうけど、単純に忘れっぽいだけなんじゃないだろうな。
「それに、だ。話を戻すけど、俺は霊感が強いんだよ。そういう人間は幽霊を引き寄せやすいんだ」
『どうして? 美味しい餌に見えるからですか?』
「餌て。……自分のことを認識できない人間のなかに、自分が見えてる人間がいたらそっちに意識が向くだろ」
『なるほ!』
なるほ、て。
「んで、幽霊ってのは大なり小なり生前に未練があって、時にはそれが悪意だったりもする。そういう霊に目をつけられないように、霊感のある人間は対策を取らないと行けない」
『でも、情報を隠されると対策のとりようもない、と』
一応、俺は不動産業者にそれとなく確認はしたのだ。
だけど帰ってきた答えはNO、家賃だって他より極端に安いわけじゃない。
多分、嘘をついたわけじゃないのだと思う。
実際にこの部屋は事故物件じゃないし、社内で伝え忘れがあったとしても不思議じゃない。
「一応、最低限の対策はしてたんだが、ユアのそれは単純にそれを貫通してきたからな」
『対策って?』
「そこの財布に、お守りが入ってる。中には御札が入っててこれが結構幽霊に有効なんだ」
『アタシに近づけないでくださいね』
近づけないよ。
そもそも多分近づけないと思うよ。
『それにしても、レンさんって本当に霊感が強いんですね』
「そこまで霊感が強い感は出してないんだが」
『手慣れてるってことですよ。対策とか、御札とか、それっぽいなって』
まぁ、そこはな。
こういうのは、経験って結構大きいと思う。
対策の仕方も、出くわしたときの対処法も。
長い時間をかけて身につけていくものだ。
この世に生を受けて二十年弱。
流石に手慣れてこないと、命が幾つあっても足りない。
「まぁ、そんな俺でもユアみたいな幽霊は初めてだけど」
『むうう、アタシみたいな幽霊で悪かったですね! そんなことより、せっかく起きたんだからもう少しお話したいよ! 夜はまだ長いんだから!』
「もう日付は変わってるけどな。大学の入学式もまだ先だし、明日は休みだから問題ないけど」
『やった! レンさんはどういうアニメが好きなの!? さっきスマホ除いたらゲームのアプリとかそこそこ入ってるけど!』
ええい、覗き見たスマホの画面を話題にするんじゃありません!
そもそもなんでそんなに積極的に俺のことを知ろうとするんだよ。
男と二人きりでまともに話したことなかったんじゃないのか!?
……多分、これも気付いてないだけだな。
とか思いつつ。
俺はスマホの明かりを頼りに、部屋の明かりを灯すのだった。
――
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