俺の部屋に化けて出た美少女霊が、幽霊失格すぎる

暁刀魚

第1話 幽霊失格の少女

 大学進学を控え、一人暮らしのアパートへの引っ越しを終えた俺はその日、本来なら作業を終えた疲れでぐっすり眠っているはずだった。

 なのに、ふとした拍子に目を覚ましてしまう。

 それは決して、俺の眠りが浅かったからとか眠っている場合ではない事情が発生したからとかではない。

 のだ。

 言葉にしがたい、ひどく不気味な感覚で。


 ――幽霊?


 半覚醒の思考で、そう考える。

 この独特のどこか薄ら寒い感覚には、覚えがある。


 幽霊。


 一般的に、怪談やホラーの中にしか存在せず。

 しかし恐ろしい存在であるということは、現実でも強く信じられている。

 何故ならそれは、幽霊は死を伴う存在だからだ。

 生物が本能的に畏れる死という現象そのものとも言うべき存在。

 人々はそんな幽霊の存在を信じながらも、存在しないものとして扱っていた。


 ――だけど、幽霊は存在する。


 少なくとも、俺には見えている。

 霊感がある、というやつだ。

 意識がゆっくりと現実に回帰し、俺の視界は暗闇を捕らえる。

 常夜灯も点けずに眠っていたから、部屋の中は真っ暗だ。

 窓からの月明かりも、カーテンで遮っていて入ってこない。

 そんな何も見えない状況でも、俺ははっきりと認識した。


 


 確かに、何かがいる。

 それは俺がかつて感度も経験した、幽霊がそこにいるという第六感めいた感覚。

 視覚に捕らえられなくても、直感的に確信できるくらい気配は濃厚だった。

 俺は即座に飛び起きようとして――失敗した。


 身体が、動かない。


 いわゆる金縛りというやつだ。

 幽霊が存在することで、様々な要因から身体が動かなくなってしまう現象。

 理由は様々だが、俺の場合心理的な要因の金縛りというものは殆ど発生しない。

 金縛りの中には、幽霊に対する恐怖から無意識に自分の体を動けなくしてしまう場合がある。

 しかし俺は長年幽霊を見てきたことで、耐性がついているのだ。

 つまり、これは幽霊が俺のことを物理的に拘束しているということ。


 ――まずい。


 幽霊が物理的に干渉してくるというのは、まずい。

 幽霊にも無害なものから悪意のあるものまで様々だが、こちらに物理的に干渉するのは大抵の場合悪霊の類だ。

 人を物理的に、精神的に害そうとする存在。

 非常に厄介で攻撃的なそれに目をつけられたのだとしたら。

 いくら俺に霊感があって、幽霊とのやり取りに慣れていると言っても。

 金縛りで拘束くらった状態で、こっちを攻撃してくる悪霊に対処した経験はない。


 ――事故物件の類に、俺みたいな霊感の強い人間が入居したらそりゃ悪霊が出てもいおかしくないだろうけど。ここが事故物件だなんて聞いてないぞ!?


 混乱する中で、何とか身体を動かそうと試みる。

 霊が見えると気付いた時から。

 祖母に霊との付き合い方を学んだ時から。

 こういった悪霊への対処は非常に気を使ってきた。

 一番の方法は、そもそも悪霊の出る場所に近づかないこと。

 廃墟、事故物件、幽霊屋敷。

 心霊スポットと呼ばれるそれらは、悪霊の温床で。

 霊感の強い人間は特に、そういう場所へ近付くべきではない、と。

 だけどこれは非常にまずい。

 事故物件とは聞かされていない物件で、無警戒の状態から遭遇なんてしたら。

 それこそ最悪のデストラップそのものじゃないか。


 ひたり。


 しかし、俺の努力は虚しく。

 幽霊はこっちに近づいてくる。

 俺へ狙いを定めているのか一直線に。

 寝ている俺の元へと、近づいてくるのだ。


 ひたり。


 いよいよ終わりか、そう思い瞳を閉じる。

 厄介なことに、こういう金縛りは”視線”だけは動く事が多いのだ。

 瞳を閉じても、霊が閉じたまぶたの裏に出現するという最悪な結果をもたらすことが多いが。


 ――――しかし、その後しばらくしても何も起きない。


 確かに俺の側には幽霊がいる。

 その感覚があった。

 だと言うのに何も起きない。

 これはどういうことだ?

 恐る恐ると視界を開く、するとそこには――


 宙に浮かぶスマホの姿があった。


 寝る時に、充電した状態で枕横に置いてあったスマホ。

 それが、浮いている。

 ……スマホ?

 浮いているのは、いわゆるポルターガイストというやつだろう。

 幽霊がものを持ったりした結果、勝手に道具が動くアレだ。

 つまり、幽霊も頑張ればスマホを持ち上げてそれに触ることは可能、可能だろうが――

 音のない室内に、軽い音が響き光が灯る。

 つまりそれは――


 ということだ。


 ――――え?

 まって?

 つまりどういうこと?

 幽霊さん何をしておられる?

 いや、確かにポルターガイストでスマホを持ち上げて電源ボタンのところに力が加わればスマホは起動するよ?

 そういう偶然も、もしかしたらあるかもしれないよ?

 俺の人生でそれが初めての出来事であることを除けば、可能性としては切り捨てられないね?

 最近の幽霊はインターネッツにも強いっていうしね?

 不幸の手紙もSNSで出回ってるかもしれないしね?

 いやそれは多分詐欺の迷惑メールか何かだと思うよ? 


 とか思っている間に、何やら音がする。

 察するにそれは、だ。

 ああ、うん。

 今日スマホを起動する時に、顔認証が上手く行かなくてパスコードを入力したタイミングがありましたね。

 それを後ろから見ていて、俺が幽霊に気づかなければパスコードも覚えられますね。

 霊感が強いとはいえ、全ての幽霊が視認できるわけじゃない。

 何より幽霊が本気で隠れたら、俺だって見つけられない可能性は高い。

 それにしたって……それにしたってさぁ!

 人のスマホを勝手に使うのはダメでしょ!?

 幽霊じゃなくても!

 と、思っていたら。



 こやつ、動画サイトのアプリを起動しやがった――――!



「ちょっとまてよ!?」


 思わず叫んでいた。

 一応、夜なので声はできる限り抑えていたけれど。

 それでも、耳元で叫べば絶対に聞こえる声で。

 金縛りはあった、だが火事場の馬鹿力でねじ伏せた。

 結果――


『んびえ!?』


 驚いた幽霊が飛び上がり、俺の金縛りが完全に解ける。

 んびえってなんだよ!? と思いつつ起き上がり幽霊が落としたスマホを手にとってライトを起動する。

 声のした方向を、スマホで照らしながら叫ぶ。


「幽霊が動画サイトを見るのはなんかこう……ダメだろ、イメージ的に!」


 そうして、光に照らされたその場所に――



 どえらい美少女が、浮いていた。



 腰まである栗色の髪は、頭の上の方で尾のように少しだけ左右に結ばれ。

 背丈は小柄だけど、年の頃は十代後半。

 俺の一つ下くらいだろうか。

 何と言っても特徴的なのはその顔立ち。

 非常に愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしている。

 俺の声に驚いてあたふたしている今でも、その愛嬌が伝わってくるかのようだ。

 それが、驚くほどはっきりと視認できた。

 

「……幽霊、だよな?」


 俺は思わず問いかけてしまう。

 というのも、眼の前の少女はあまりにもはっきりと視認できているのだ。

 普通、幽霊というのは大抵の場合身体が透けているものだ。

 だが明らかに彼女は生きている人と同じくらい姿がはっきりとしている。

 加えて、そもそも幽霊は人の形をしていることもめずらしい。

 なんかこう、ぼんやり人っぽい何かが宙を浮いていることも殆どだ。

 だというのに眼の前の少女は明らかに少女であると認識できる。

 殆ど人間と言っても過言ではないだろう。

 ただし、足はない。

 足がないのは全幽霊に共通した特徴だ。

 だから、少なくとも俺の経験上は彼女も幽霊であると判断はできる。


『…………た、多分?』

「多分て」


 が、本人はまったく断言できないようだった。

 いやこの少女に霊感がないなら、幽霊なんて自分が初めてなる存在だろうしそれも仕方ないかもしれないけどさ。

 それはそれとして――ふと、俺の問いかけに答えた少女の目が丸く見開かれた。


『え、あ、え……』


 それから、しばらく俺に視線を向けて。

 俺の手元にあるスマホにも視線を向けて。


『――――見えてる?』


 そう、問いかけてきた。

 うむ。

 どうやら少女は混乱していたようだ。

 俺は力強く肯定する。

 多分、この部屋にずっといたのだろうが、今までは気配を隠していたんだろう。

 気配を隠されると、流石に俺でも幽霊を見つけられなくなる。

 それがこうして、スマホを見るために姿を表したわけだ。

 そんな彼女が、俺には見えている。


「見えてる」

『見え、てる』


 その瞬間、少女の顔は百面相を描いた。

 見開かれた目が、一瞬潤んだかと思えば。

 それを我慢するように唇を噛み、それからふるふると震えだして笑みへと変わる。

 泣きそうな瞳は嬉しさのそれに変わり。


『ほんとっ!? ほんとに見えてる!? 本当に!?』

「ああ、見えてるよ。ばっちり俺の前で狂喜乱舞してる」

『だって! だってだって! だってぇ!」


 嬉しそうに、少女は俺の前で飛び跳ねる。

 そんなに、俺が彼女のことを視認できたのが嬉しかったのか。

 ……まぁ、嬉しかったんだろうな。


『あ、アタシね、ユア! 君は?』

「レン、甲斐田レンだ」

『アタシ、ひっっさびさに人とお話できたの! この部屋に人が入ってきたのも、貴方が初めてだし。こうなってからお話したのも貴方が初めて!』


 ユアというらしいその少女はとても、とてもうれしそうにそう語る。

 俺の周りをふわふわ浮かびながら、全身で喜びを表現していた。

 なんというか、コロコロと表情の変わる人だな、と思う。

 まぁ、それはそれとして、何だけど。



「俺も、幽霊が人のスマホを勝手に使って動画サイトを見るのは初めて見たよ」



 とりあえず、そこだけはきちんと言っておかないとな。

 途端。


 ――ピタリ、と。


 飛び跳ねるように浮いていたユアが停止した。

 そのまま、幽霊なのにギギギという歯車が軋むような音が聞こえそうな振り返り方をして。

 表情は、なんというかムンクの叫びみたいな感じになって固まっていた。


『ご――』

「ご?」


 そんな彼女の表情が――


『ごめんなさいいいいいいいいいいいいっ!』


 びえええ、みたいな感じに変化した。

 なんかこう、ふにゃふにゃした感じで泣いている。


『出来心だったんですうううううううう! ずっと一人で寂しくて、たまたまパスコード知っちゃってぇ、できるかなと思ってやっちゃったんですううううう!!』


 ――まぁ、うん。

 怒ってはいないから。

 流石に、ずっと一人でいたって言うなら。

 そうなるのも無理はないと思うから。


 それはそれとして、なんというか。

 眼の前の少女――ユアはあまりにも人間臭すぎる。

 これまでに見たことのないような、幽霊だ。


 いや、この様子はなんというか――彼女を幽霊と呼ぶのは憚られるような。



 そんな、幽霊失格の少女と俺は出会った。



 それが、どんな結末をもたらすのか。

 今の俺には想像もできていなかったんだ。



 ――


 幽霊な女の子との、コメディとシリアスを言ったり来たりするラブコメです。

 ホラー要素は多分無いです、お付き合いいただけると幸いです。

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 よろしくお願いいたします。

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