最終話
4
最寄駅から自宅に向かってとぼとぼと歩く。出社する時とは真逆で、今は家になるべく着きたくなかった。仕事が終わる頃に落選の通知を受けたからだ。
「はあ……」
否定していたスキマパパに応募した上に落選し、しかもその落とされた家庭に帰るなんて、どんな顔をすればいいかわからなかった。
とはいえ帰らないわけにもいかない。俺はどうにか覚悟を決めて歩みを進めた。
「おかえり」
出迎えた妻はいつも通りの様子だった。
「……ただいま」
拍子抜けしたが、あえてこちらから話を切り出すのもなと思い、さっさとシャワーと着替えをしにいくことにする。
食卓につき、百音も加わって三人で夕食を食べ始めてからも、スキマパパの話は出なかった。もしかしてなかったことにされるのか、あるいは可能性は小さいが、応募したのが俺だと気づかないまま落選させたのか。
「ねえ、これ、パパでしょ」
食事が落ち着いた頃に、向かいから渚が自分のスマホ画面を俺に見せてきた。それはスキマパパのアプリの応募者ページだった。そこには袴田にもっと感じ良く笑って下さいと強要された俺が映っていた。なるほど、募集側からは顔写真がこう見えるのか。
「……やっぱり気づかないわけないよな」
「どういうつもり? こんな応募してきて」
渚こそそんなアプリに登録してどういうつもりだ? と思うが、喧嘩する気力はなかった。
「いや、パパとしてちゃんと働こうかと思ってさ。まあ、落選したけどな。つまり俺はパパ失格ってわけか……」
「違うよ」意外にも百音がすかさず否定した。「だって、そんなことしなくても、パパはパパじゃん」
「え?」
「他の人がパパをしても、それはスキマパパであって、パパじゃないよ」
「百音……」
それはつまり、俺をパパだと認めてくれていたということか。
「そうそう」と渚が続ける。「パパがいるのに、わざわざスキマパパなんて頼まないって。お金もかかるのに。だから断ったの。そもそも登録したのもただ仕組みに興味あっただけだし。だから無償で働いてね、パパ?」
最後に冗談を言うふうにして渚が笑った。
「……ああ」
別に報酬なんていらない。いや、すでに十分すぎるほどもらっているな——彼女達の笑顔を見て、心底そう思った。
スキマパパ 灰音憲二 @heinekenji
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