3話

   3


 だいぶ時間がかかったものの、どうにか俺の履歴書は完成した。

「でも、これだいぶ盛ってませんかね……」

 履歴書上の俺のパパ歴は、この道十年のベテランと言わんばかりに輝かしく彩られていた。

「まあ嘘は言ってませんから」袴田が自分で淹れてきたコーヒーを口にする。「多少脚色してよく見せようとするのは、就活でも一緒でしょう」

「多少ね……」

 実態を知っている本人からしたら多少どころではないが、専門家の袴田が言うなら大丈夫なのだろう。ないものをあると言うべく悪戦苦闘した仲なので、俺は袴田を信用しつつあった。

「ところで、仮に応募するとしたらどういった案件がご希望でしたか?」

「いや、やはり実際に応募して就業したいというわけではなくてですね」

「あくまで仮にです。しかし、就業したいわけではないのに、なぜ登録や研修はしたいと?」

「えーと、それはですね……」

 袴田にはすでにパパとして大したことないと知られているので、今更隠すことでもないと思い、スキマパパを知るまでに至った経緯を明かした。

「なるほど、そうだったんですね。事情はどうあれ、パパスキルを向上させたくてやってくる方は結構いらっしゃいますので、その点はお気にならさらず。……あれ?」

 袴田がノートPCのキーを叩いていた手を止めた。

「どうかしました?」

「……もしかして、仲江様のパートナー様は、渚というお名前で?」

「え? そうですが……なぜそれを?」

「すみません、お話を聞いて、もし登録していたら調べればわかるなと思ってユーザーを検索してみたら、それらしき方のがヒットしてしまいまして」

「え、じゃあほんとに登録してたのか」

「個人情報なので中身は見せられませんが、登録情報からしてほぼまちがいないかなと。ああ、最近パパ募集も公開してますから、アプリから募集要項が見られるはずですね」

「募集まで?」

 渚はあくまでもしもの時のための保険みたいに言っていたのに、ちゃっかり登録から募集まで済ませているとは……急いでスマホでスキマパパアプリを開き、案件をエリア検索し、新着順で見ていくと、『なぎもね家』というニックネームを見つけた。ぴんときてタップし、家族状況を読むと、どう考えても俺の家庭そのものだった。俺が除外されていることを除いては。

「……わ、私の存在が消されてるんですが……ニックネームも私の名前だけないし……」

「落ち着いて下さい、おそらくですが、パートナー様は本気でパパを募集してないと思いますよ」

「え? なぜそうとわかるんです?」

「募集要項のパパの欄を見て下さい。高身長でイケメンで、韓流アイドル並に素敵な人ってありますよね。そんな条件に当てはまる人がいるなんて普通思わないでしょう。だから本気じゃないのではないかと」

「なるほど……」

 言われてみればそうだ。おそらく渚はサービスの使い勝手を試してみたかったが、実際にパパを採用するつもりはないため、募集要項のハードルを上げて応募が来ないようにしたのだろう。

 本当にパパをクビになるのではと慌ててしまった……しかし落ち着いたら、今度はむくむくと対抗心のようなものが湧き起こってきた。

「あの、これ、応募してもいいですか?」

「え?」

「募集してるってことは、応募できるんですよね」

「それは……はい」袴田が一瞬目を落として、上げる。「でも、高身長イケメン……」

「それは冗談なんですよね」やっぱちょっと失礼じゃないか。「はじめに私は正パパ志望だって言いましたよね。それは、私が自分の家族の正パパになりたかったからなんです。スキマパパみたいなんて言われないようにしたくて。パパはパパしかいないって思われるように、自分でも胸を張って思えるようになりたくて」

 この十年間何をしてきたのかと、次の十年後に、子育てが終わった頃になってまた後悔なんてしたくなかった。 

 ややあって、拍手の音がした。袴田だった。

「感動しました……仲江様、すばらしい心意気です。ぜひ一緒にがんばりましょう!」

 袴田に選挙期間中の政治家ばりに熱烈に握手される。

「いや、ちょっと、恥ずかしいんで声抑えてもらえますか」

「でしたら履歴書も修正しましょう。志望動機にその熱意を素直に書くんです。未経験者は下手なごたくを並べるより、がんばります、なんでもやりますという意欲を見せるのが一番いいんですよ」

「いやですから未経験者ではないので……」


 それから私達はさらに時間をかけて履歴書を仕上げ、プロフィールを完成させ、なぎもね家に——我が家に、パパとして採用してもらうために応募した。

 選考は書類審査の後に面接もあるという。なので、渚に直接思いの丈を伝えるには書類審査を通過しなければならない。

 できることはやった。経歴からしても、その志望動機からしても、渚が見れば応募者が俺であることはすぐに気付くはずだ。でも、俺の改心した気持ちまでは伝わるだろうか。伝わっても評価してくれるだろうか。それは信じるしかなかった。


  *


 選考結果の通知は、翌日にあっさりとアプリに届いた。

 落選だった。

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