オーバードクター2

 とりあえず、今日のところはこんな感じでいいのだろうか。教員用シラバスと研究室の鍵を受け取った。他の一年生たちも、今日のところは履修登録のみで帰っているみたいだし、自分も今日はこれでおしまいでもよさそうだ。だけどもまだこの広い学校のことはよくわかっていない。教室というか研究室も自分のところしかわかっていないし、あとは図書館と矢田教授の研究室くらいしかまだ知らない。

 このまま自分の研究室へ行って、今後のことを考えてもいいだろう。履修登録はしなくてよくても、一応講義の計画ぐらいは立てたほうがよさそうだとは思う。もともと自分はここの大学に『学生』として通おうとしていたのだし、一年生の必修科目くらいはきちんと受けたいと思う。一年生の必修講義を確認して、それ以外を自分の研究時間に当てよう。それがベストな考えだ。

「歩さん、今日はどうしますか?」

 桜子さんがたずねてくる。なんだか今日は人間の姿をしているが、元は化け犬だからか嬉しそうに尻尾を振っているような気がする。相変わらず目はきらきらと輝いているし。歩は少し考えた。研究室へ直行するのも悪くないのだが、まだキャンパス内を散策していない。どこに何があるのかわからずに、キャンパスマップを見ながらの移動というのも不便である。

 桜子さんを見て、そう言えば、と気づく。彼女は大学の古株だった。せっかくだし、キャンパスの案内を頼んでみることはできないだろうか? その前に、『彼女の予定』を聞かなくては。

「桜子さんは、このあとどうするの? もし都合がよければなんだけど、キャンパス内を案内してくれるとありがたいなぁなんて思ったんだけど」

 そう言うと、桜子さんは嬉しそうにした。まるで耳がぴくぴくと動いているようだ。

「いいですよ。お散歩ですね!」

「お散歩というか、案内……なんだけど」

 普段犬の時間が長いのだろうか。豆しばの姿を見ているため、『お散歩』というと犬の散歩を思い浮かべて違和感が出る。桜子さんの今の姿は和装の女性だから尚更だ。

「ともかく案内ですね。オープンキャンパスで学生案内とかの経験もあるので、任せてください!」

「大まかに、教育学部の使う教室がある校舎とか、学食の位置とか教えてくれると助かるかも」

 桜子さん的には一体どういう心持ちなのだろうか。犬というのは縄張り意識があるものだというのは知っているけども、桜子さんとしてもこの大学のキャンパス内は自分の縄張りという意識があるのだろうか? しかし、彼女は普通の犬ではなく『化け犬』で、人間にも変身できる。喜ぶ姿は確かに犬を彷彿とさせるのだが……。実際、嗅覚や聴覚も鋭いと本人が言っていたし、その辺は犬なのだろうけども。

 でも、何にせよ学校に詳しいことには変わりない。このままキャンパス案内に連れて行ってもらおう。その前に、自身の研究室に荷物を置きたい。それと、一年生の講義時間の確認だ。

 一旦ふたりは事務室を出て、教育学部の研究棟にある105研究室へ向かった。

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