二限目 オーバードクター

オーバードクター1

 大学入学を果たして、初日はまず『ご飯を炊く』ということを桜子さんと体験した。その翌日である。よくはわからないが、とりあえず大学には登校するべきだろうと思って校門を通りすぎる。向かう場所は事務室だ。入学後、当然行く場所は事務室なはずだと思って行くと、桜子さんが待っていた。

「歩さん、おはようございます。歩さんがいないと、私は研究室に入れないんですよ」

「え? なんで?」

「なんでって、歩さんじゃないと研究室の鍵、もらえないんです。一応特任教授だし、研究室の管理は歩さんなので」

「……そうなの?」

 相変わらず理解はなかなかに難しい。ちらりと他の学生はどうしているのか見てみる。一年生と思わしき学生たちは、その場でシラバスという時間割の確認中だ。入学して二日目。自分も右も左もわからない新入生のはずなのだが……渡されたのは研究室の鍵。一応桜子さんに確認してみる。

「あの、私の他に特任教授になった新入生とかいないの? もしくは同じ研究室に来る学生とか」

「いません。特任ですから」

「はぁ」

 特任ってつければなんでもいいのだろうか? 矢田教授は『一国一城の主だ!』なんて言っていたけれど、研究室に行って何をすればいいのか皆目検討がつかない。そもそも自分はなんで大学に来たのだろうかという気持ちにもなる。大学で学ぶことはたくさんあるはずだ。講義に出たり、同じ学部の学生と遊んだり。まぁ、桜子さんという学友とも言える存在はできたとは言え、これじゃあーー。

「勉強できないじゃない。っていうか、学業を受ける権利、侵害されてない?」

 歩が首を傾げて桜子さんにたずねると、笑って返された。

「侵害どころか自由に学べるんですよ! 講義も出席し放題です。好きな時間に好きな講義に出ていいんですよ? 学部関係なしに」

「うーん……自由すぎて難しいね。せめて講義のスケジュールだけは知りたいかも」

 昨日の話だと、学費免除どころか給与が出るらしい。しかも講義は学部関係なく出席し放題と言われる。だけども講義が開かれる場所と時間を知らなかったら何もできない。研究室は一室もらえた。しかしこれじゃあ本当に飼育小屋にいたうさぎに「今日からお前野生な!」と言っているようなものだ。高校がいかに効率の良いきちんとした時間割を組んでいたか、今になって気づく。

 とりあえず、事務の人にシラバスをもらうことにする。声を掛けると、他の生徒のもらっているものより分厚いものを手渡された。表紙にはしっかりと『教員用』と書かれている。いいのだろうかと思いつつも、パラパラとシラバスをめくるが、開講している授業が多すぎて、時間割なんて決められない。大体自分はどうやら特任教授ということだから、四年間で実績も上げなくてはならないだろう。そのために給料が支払われるのだ。バイト経験があるためか、働かなくて金銭がもらえるわけがないということは弁えている。

「要するに、私は好きな時間に好きな講義は受けていいけど、その代わり研究論文も提出しなきゃいけないってことだね」

「ええ。その補佐をするために私がいるんですから!」

 桜子さんは今日も元気だ。ともかくさっそく研究論文というお題を出されてしまったな。この四年間で『大学の食育と食による親善』というものを突き詰めていかなくてはならない。自分で上げたハードルらしいが、ハードルを上げた覚えがないところが面倒である。そして勝手に特任教授に任命され、そのハードルを飛び越えろと言われている現状だ。なんて厄介だろう。

 他の一年生と思わしき学生たちは、シラバスを受け取ると講義の登録をする。自分の場合はどうやら特段そう言ったことをしなくてもよい様だし、研究室の鍵ももらっている。

「なんだかな……ふわふわしすぎだ」

「四月だからですかね?」

 のんきなことを言う桜子さんだが、化け犬だから気楽なのだろうか。ーー化け犬も大学入学初日で特任教授になった自分も、さほど変わりない『単なるイレギュラー』だなと思った。

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