お米を炊こう!6
本を借り、研究室へと戻ってくると、さっそく右にある手洗い場で手を洗って米の分量を計る。
「ふたりだし、一合でいいかな」
カップに米を取ると、それをまずボウルの中に入れた。
「炊飯器の内釜で洗ったほうがいいのでは?」
桜子さんが首を傾げると、歩はそばに出していたザルに目配せした。
「一度ザルに上げて、水をよく切るんだよ。本によると、内釜で洗うと釜に傷がつくらしいし」
そう言いながら、ザッザッと米を研ぐ。大体三十回くらいだろうか。手早くすすぐと、水を変えてまた三十回。三、四回繰り返すと、ザルに米を上げた。
「まずはこれで三十分置くらしい」
「え? この状態で三十分置くんですか?」
「なんか、米に水分が吸収されるんだって。理科の実験と同じだね。水を吸うとかさが増えるみたい」
「でも待っている間お腹が空くかも……」
そう言いながら桜子さんはざるに上げた米を見るのだが、三十分というのはなかなかに長い。歩はその間に、鍋の準備をしようと研究室の中をうろうろし始めた。
「ここの研究室は大きなキッチンとは言え、理科の研究室にも近いね。家庭科室っぽいというよりも、理科室だよ」
「それはそうですよ! ここ、元は『教育学部の中の理科室』って言われていましたからね」
歩よりも大学に長く在籍している桜子さんが胸を張る。ーー教育学部の中の理科室か。確かに小学校の先生になる場合、理科の授業も受け持つもんな。中学校・高校だって、理科教師というのはいるわけだし。教育と理化学というものは切り離せないのか。手を洗ったところもシンクというよりもまさに理科室のそれだ。そういう意味では実験器具のように調理器具も置かれているのだろうか?
炊飯器もあるのだが、歩は鍋を探し始めた。本来ならば、かまどから米を炊いて……とそこまでしたいところではあるが、さすがに労力も時間も金銭もない。しかも今は空腹である。空腹なのに三十分も米に水分を吸わせるなんて、まぁまぁ正気の沙汰ではないのだが、そもそも学生として入学したのにも関わらず入学式に呼び出され、特任教授として昇格・給料を出すので働いてくれと言われていること自体がまずまともではない。だが、先程も言っているように乗りかかった船である。お腹は空いているが、その空腹もスパイスにしてしまおう。
研究室の棚を開けて中を確認してみると、やはり実験器具のように土鍋などの調理道具が置かれていた。
「理科室なのか家庭科室なのかはっきりしない場所だなぁ」
「研究室ですよ」
ぼやくと、桜子さんが笑って答えた。その通りである。
土鍋と蓋を見つけるとそれを洗う。
「えーっと、布巾は……」
「干してあるのを使ってください! 私が縫ったんですよ」
「すごいね」
布巾にはかわいい花のワンポイントが入っていた。ただの布巾にこんな遊び心を持つとはなかなかすごい人……いや、犬か? と内心思う歩は、思い切って桜子さんにたずねてみた。
「桜子さんはこういう刺繍とか裁縫は得意なの?」
「趣味といいますか……。春休みでしたから」
「そっか」
春休みは入学式前ということで、ギリギリまでバイトをしていたなぁと思い返す。周りはやれ卒業旅行だ! とか、浮かれていたのだが、自分には奨学金の返済がこのあと待ち構えているとてっきり思っていたのだ。つくづく歩は真面目である。
しかし、こういう裁縫というのもいい趣味だなと改めて思う。しかしーー
「糸から作るとなると、裁縫も大変だな……」
「い、糸からは作りませんよ!」
桜子さんが慌てる。米を炊くのにかまどから! と言っている輩に裁縫をやらせるとなると、蚕から育てようとか言い出しかねないので必死だ。
とりあえず土鍋の準備をすると、本を確認する。
「厚手で蓋が重い鍋がいいらしいけど、突き詰めるとやっぱり昔のお釜になるなぁ。あの木蓋が一番重いでしょ」
「さすがにここにはお釜はないと思います。今日はこの土鍋で」
「いずれ機会があったら作ってみようか。お釜とか」
「お、お釜を作るんですか?」
「? 大学なら、お釜作る技術とかあるんじゃないの? 理系で」
「そこから……? 作れなくはないんでしょうけども……」
「何事も不可能はないよ」
土鍋を洗いながらそれっぽいことを言う歩。しかし、実際のお釜の作り方など予測できない。そもそも自分は教育学部であり、理系ではないからだ。
話しながら土鍋を洗い終えると、あっと言う間に三十分経とうとしていた。
「さぁ、さっそく炊こう!」
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