お米を炊こう!5
「料理作り放題ねぇ……」
「さっそく何か作りますか? ほら、お近づきの印に!」
「『お近づきの印』って……」
そう言うなら桜子さんが作るのでは……? と思ったが、ここは一応仕方ない。何か作ってみるのもいいかもしれないと思った歩は、キッチンの周辺を探る。とりあえずは冷蔵庫か……と思ってコンロの隣の冷蔵庫を開けるが、中身はない。
「材料が何もないけども。味噌とか調味料はあるみたいだけど」
「困りましたね。あるとしたら……お米と乾物くらいです」
気づいてみれば入学式当日だ。何か冷蔵庫に入っていると思うほうがおかしい。先日まで休日だったはずなのだから。とりあえず、歩はあるものを確認する。あったのは、米、味噌、昆布と煮干し、鰹節、醤油、酒、酢くらいだ。
「……お近づきの印というか、親睦のためなら案はあるよ。でも、難しいな。作り方を知らない」
「案? どんなものですか?」
歩はゆっくりと口を開く。その言葉に桜子さんは驚いた。
「ご飯を炊くの。すごく贅沢な料理かもしれないけど……」
「へ? ご飯の炊き方、知らないんですか?」
桜子さんは目をぱちくりさせる。しかも普通のご飯を歩は『贅沢』と言っている……。そのことに驚いたのだ。歩はこくんとうなずいた。
「うん。『本当においしいご飯の炊き方』は知らない。何と言っても、日本人は本気を出すとかまどから米を炊くからね。もし『本当においしいご飯』を作るなら、本当に土鍋とかかまどから作らないといけない」
「土鍋!? かまど!?」
桜子さんは頭を悩ませた。歩が『どこから作るのか』がわからなくなったのだ。土鍋やお釜でご飯を炊くくらいならわかる。しかし、この状況だと彼女は、『かまどから作る』とか『土鍋を焼く』とか言いかねない。
「さ、さすがに今は炊飯器がありますし、一日ではできないような……」
「……そうだね」
歩は口から出そうだった言葉を引っ込めた。さすがに入学式当日からかまどを作ったり土鍋を焼いたりはできない。今日のところは炊飯器で我慢しよう。
「お米を炊くくらいなら私だってできますよ?」
「桜子さん、炊飯を甘く見たらいけないよ」
真剣な眼差しに、思わず怯む。歩は大学生を飛び越して、一気に教授にスカウトされるような逸材だ。そんな人間の言う、『炊飯を舐めるな』はさすがにドキドキしてくる。ただの炊飯ではなさそうだ。
「私が昔に聞いたところによると、お米の炊き方にも手間がかかるらしいんだよね。図書館に『お米の炊き方』って本があればいいんだけど……」
「図書館に行ってみますか? 案内しますよ」
「うん」
大学の図書館はキャンパス内の大通り沿いの向かい側のところにあった。かなり大きな建物だ。学生証を入口のところで確認すると、ゲートが開く。桜子さんもカードを当てて館内に入る。
「これって、どうやって本を検索するの?」
「ええっと『ぱそこん』で『いんとらねっと』に接続して、学籍番号を入力するんです」
「あの検索機でできるんですかね?」
「はい!」
桜子さんは着物姿だが、学内ではあまり目立っていないことに気づく歩。この学校では着物姿の女性がいてもあまり気にならないのだろうか。最近、普段の装いで着物を着る人は少なくなったので、珍しいかとは思ったのだが。しかし、和装というものも悪くないな、と少し思う。
桜子さんに気を取られている場合ではない。ともかく、本の検索だ。歩はパソコンの前に座ると、本の検索をする。
「とりあえず、『米』『炊き方』で何か出てくるかな……。あるとは思うんだけど」
「歩さんはどんな本を探しているんですか? 『お米の炊き方』って本、料理本ならたくさんありそうですけども、それに限った本となるとどうでしょうね」
「うーん、まずは検索して、めぼしい本を見つけてからだね」
歩は数冊パソコンで本に目星を付けると、桜子さんを連れてその本がある書棚へと向かった。どの本もジャンルは料理関係なので、同じ棚にあるらしい。歩はそのパソコンで選んだ数冊を手に取り、中をペラペラと少し読み、一冊に絞った。
「この本が一番詳しく手の込んだお米の炊き方が載っている」
「詳しい手の込んだお米の炊き方……ですか? 普通のご飯よりおいしいのでしょうか?」
歩の言葉に、少し嬉しそうにたずねる桜子さん。
「料理って、不思議なものでね。普通に作ってもおいしいけど、手間をかければかけるほどおいしくなる気がするんだよね」
「……そういえば、歩さんってお料理が好きなんですか? 論文で書いたくらいですし」
「いや、それは試験で書いただけだよ」
「はぁ……」
本を見ながら淡々と語る歩に、桜子さんは少し間が抜けた声を出した。料理が好きだと言うわけでもないのに、丁寧な米の炊き方を研究している……? なんだか奇妙なことのような気もする。
「この本を借りて、さっそくご飯を炊いてみよう! お腹空いたし」
本を貸出カウンターへ持って行く歩。そう言えば入学式が終わった後、何も食べていなかった。本当は外食するかコンビニでもよかったのだがーー乗りかかった船だ。作ってみようか、本当においしいご飯というものを。
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