お米を炊こう!4

「ところで、特任教授って何をするんですか? 大学って講義を受けるものだと思っていたので、いきなり教職になったとしても私自身が何をすればいいのかわからないんですけども……」

 たずねると、矢田教授が答えた。

「君は四年間研究をして論文を提出してくれればいい」

「そうは言われましても……」

 困ったものだ。論述したことについて研究してくれればいいと言われてもな。それだけで奨学金が免除というのはありがたいし、給料までもらえるというのはすごい話ではある。確かに大学は研究機関なのだから、講義よりもそう言った実践的授業のほうがアカデミックであるだろう。だけど、基礎なくしていきなり応用というのはよくないのではないだろうか……? そんな考えが頭をよぎっているときだった。

「歩さんが心配なのはわかります。だからその補佐をするのが私です!」

「わっ!?」

 いきなり桜子さんの周りに煙が立ち上る。ポンッと音がすると、そこには着物姿の女性が立っていた。

「……はぁ……?」

 やっぱり意味がわからないままでいる歩と平然と笑っている矢田教授。何が……起きたんだ。

「あの、誰……?」

 思わず声が出る。先程からいた豆しばが消えて、人が立っている。ということは、つまり……。

「犬が……人になった?」

「はい! 化け犬ですから!」

「まぁ驚くよな。俺も最初はびっくりしたよ」

 驚くとか、びっくりしたとかそういう場合ではない。でも、夢ではない。先程手の甲をつねったわけだし。ということは、先程から話していた犬が、ここにいる人……桜子さんということか。一応は理解するが、桜子さんって社会学とかそういうレベルじゃなくてとんでもない怪異なのでは!? と心の中ではパニックになっているが、表情にはあまり出ない。驚きすぎて、表情がついていっていない。でも、まぁ生きていればこういったこともあるだろうし、社会学を研究している教授のそばにいたんだから、ありえない話でもないのだろうか。難しく考えてはいけない。桜子さんはそういう種なのだ。そういうことにしてまとめる。

「ともかく歩さんの研究室にこれから案内します!」

「研究……室?」

「面接は合格だよ。今日から君は一国一城の主だ!」

「い、いやいやいや……ちょっと話が早すぎるんですけども!?」

 慌てるが、もう最初から話は決まっていたようだ。矢田教授は用意していたらしい紙束を歩に渡す。

「これ、校則とか諸々の諸手当についての書類な! おいおい見ておいてくれ! じゃあ、あとは桜子くん、頼んだよ」

「はいっ! 行きましょう、歩さん!」

 急かされるがまま矢田研究室から退出させられると、元気な桜子さんとともに廊下に出る。これから研究室に案内と言われても……。本当に学生として入ったのに、教授として給与がもらえて研究室までもらえるのか? 正直なところ、大学に入学したからと言ってもそこまで研究熱心に勉強を頑張ろうと思っていたわけではなかったのだが……。そんなあやふやな気持ちのままではあるが、自分の城となる105号研究室へと向かう。

「ここでーす!」

 105号研究室は、大きなキッチンスタジオのような場所だった。

「キッチン……?」

「はい! 『大学の食育と食による親善』というテーマなら、大きなキッチンがいいかと。ここでお料理作り放題ですよ」

 桜子さんはきらきらとした笑顔を浮かべている。うっ、まぶしい。歩は目を細める。なんだか嬉しそうな桜子さんだが、なんとなく理由がわかった。要するに……。

「何か私がおいしいものを作るとか期待してる?」

「はいっ!」

 やっぱり……。確かに食育とか食による親善だったら、料理は欠かせないだろうけど、まさか自分が料理をすることになるとは……。この先大丈夫だろうか、自分は。そんな心配を密かにするのだった。

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