お米を炊こう!2
大学は研究機関。それはそうだ。だけど、自分の思い描いていた大学生活が、ガラガラガラと崩れ落ちていくような気もしなくはない。やっと受験から開放された。大学ではバイトをして、サークルでも入って、しばらくのんびりとしよう……とうっすら思い描いていたのは確かである。
「でも、いきなり特任教授というのは……学生ですよ?」
自分には荷が重すぎるような気がしたので、丁寧にお断りしたい所存である。だが、矢田は引かなかった。
「大学が雇いたいほどに君の論文はよく書けていたということだ。自分を誇らないのか? 奨学金が免除されたら、将来的にも楽だと思うぞ?」
「それはそうなんですけども……」
そこを出されたら、学生は弱いじゃないか。迷っていると、矢田はこほんと咳払いをして話し始めた。
「特任教授の任命期間は四年間。つまり、大学で学生として在籍する期間と一緒だ。要するに、『学生として奨学金を背負って在籍する』か『特任教授として給料をもらって在籍する』かのどちらかだが……四年間在籍することには変わりない。十八で働く人間もいるだろう? なんら問題ないかと思うが……」
そう対比されてしまうと後者のほうが断然いい話である。どちらにせよ大学に在籍することには変わりないのであれば。
「私もいいと思います!」
うーん、と悩んでいると、どこからともなく声がした。おかしいな。ここにいるのは矢田教授と自分だけだよな……。歩はちらりと辺りを見回す。
「私、歩さんの元で働きたいです!」
「い、犬がしゃべった!?」
話していたのは明らかに矢田教授のそばにいた豆柴だった。いや……ただでさえ自分が特任教授に
任命されて面食らっているのに、その上で犬がしゃべる!? ど、どういうことだ……。思わず矢田教授に目をやると、はっはっはと上機嫌に笑っていた。
「いやぁ、最初は驚くよな。彼女は桜子さん。この大学で一番長い……つまるところ、化け犬だ」
「ば、化け犬!?」
「そんな驚かないでください。確かに犬の姿をしていますけども、この大学では古株ですよ!」
「い、いや、そうなんでしょうけども……」
化け犬なのだから、要するに学校霊みたいなものなのか? オカルト的なことはよくわからないが、矢田教授は社会学部と言っていたので、もしかしたらその研究中に引き寄せてしまったとか……?
「ありえない話ではないのか……」
歩がぶつぶつつぶやいていると、桜子さんが続けた。
「私、歩さんの研究のお手伝いがしたいんです。あなたの論文、すごく楽しそうでした!」
「私の論文?」
多分、入試のときに書いたものだよな、と思い返す。大学入試は一校だけではなかったので、試験問題もうろ覚えなのだが。
「私、何書きましたっけ?」
思わず聞くと、矢田教授は資料に目をやった。
「『学生の食育と食による親善』。制限時間があった中、よく書けていたよ」
ああ、なんか書いたな。試験中は集中していたし、論述問題は持ち出し禁止だった。合格発表の後はすっかり試験内容なんて忘れてまったりした時間を過ごしていたんだった。高校を卒業した後は一応バイトだけ掛け持ちでしていたけども……。休み明けして学校に初登校したところでこれだ。
自分が書いた論文で、ある意味出世したのだろうけども……。大学登校初日でこんなサプライズは聞いていなさ過ぎる。しかも化け犬付きとかいうオチだ。これは夢か? それか春の気候のいたずらか? 自分の手の甲をつねってみると、痛い。これは夢じゃなさそうだ。
「どうする? 俺は君を特任教授に任命したい。桜子さんは助教として君の手伝いをしてもらう。任命権はどちらにせよ俺にあるのでね」
要するに結局断れないのか……。断れないとするなら、やるしかないだろう。春だし、新しい環境で心機一転という話はよくあることだ。やるだけやってみよう。自分にとっては悪い話ではない。
「わかりました。お引き受けします!」
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