だいがくのきっちん
浅野エミイ
一限目 お米を炊こう!
お米を炊こう!1
四月一日ーーうららかな春とはまだ言えなかった。スプリングコートを着ているが、少々風が冷たい。自分の名字を少々気にする。「吹雪野」なんて名字だから、ハレの日である今日もこんなに風が冷たいのだろうか。向かい風に
入学早々呼び出しってなんだ。私、何かしたっけーー? 思い当たる節は当然ない。焦りこそはないが、自分のように大学へ向かう素振りを見せる学生はいなさそうだ。スーツ姿の自分と同じくらいの年齢の学生たちは、地下鉄の駅へと歩いていく。しかし、歩の向かう先はJRの駅だ。そこから何本か乗り継いで自分の母校となる『与野国立大学』まで向かう。入学式会場からそこまでは一時間半。履き慣れていない黒のパンプスで歩くのは少々難儀だ。大学の最寄り駅からも相当歩く。靴擦れが心配だが仕方ない。
大学についたのは午後三時を回っていた。キャンパス内の木々は、まだ緑萌ゆるというほど青々しくはないが、正門にあった桜はきれいに散り始めていた。
呼ばれていた事務室へ向かう。確か、あったのは五号館だ。まだキャンパス内も広すぎて慣れていない。スマホで地図を見ながらどの棟か目安を付ける。あったーー。見つけると、広々とした入口から中へと入る。事務室の扉を開けると、そこには窓口がいくつか設けられていた。教育学部の窓口はーーあそこだ。
「すみません、入学式が終わったら来るように言われていたのですが」
事務局の人に声をかけると、学年と名前、学籍番号を伝える。学籍番号はまだ覚えていないので、学生証を見ながらだ。
「ああ、吹雪野さんね。矢田研究室に来るようにって言付かってるますよ」
「矢田研究室?」
「別棟にあります。場所は……わかりませんよね。地図は?」
「スマホで見ているんですけども」
「十号館の三階です」
「あ、あの……研究室って、私なんで呼ばれているんでしょうか?」
「さぁ? そこまでは……」
事務の人もわからないのか。とりあえず行くしかなさそうだ。歩は地図を見ながら十号館三階へと向かう。当然のごとく、エスカレーターなんて便利なものはないので、階段だ。パンプスで昇るのにはやはり慣れていない。
矢田研究室ーーあった。ドアにはめ込まれているガラスから明かりが漏れているところを見ると、そこの住人は在室中のようだ。緊張しながらノックする。
「はい、どーぞ!」
声が聞こえた。遠慮なく入室する。
「失礼します」
研究室にいたのは、革ジャンを着た大学には不似合いな金髪ロン毛の中年と可愛らしい豆柴だった。中年男性は一昔前のロッカーのような出で立ちだが、大学校舎内になんで犬……? 歩は少々面食らった。
「あ、あの……」
声が上擦る。なんだ、この時代錯誤な人間は。犬までいるし。でも、ここは『研究室』だ。と言うことは……。
「どうも、矢田研究室の矢田です。社会学部に在学している、一応は教授だ」
「は、はぁ……」
社会学部の教授? 歩は余計になぜ呼ばれたのかわからなくなった。何故なら自分は教育学部。社会学部とはなんら関係ないはずだからである。
「とりあえず、座って」
言われた通りに向かい側の椅子に座る。なんだか面接みたいで緊張する。面接と違うのは、相手が一昔前のロッカーみたいな感じであるというところだろうか。椅子に座ったところで居心地はよくない。なぜ呼ばれたのかがわからないからだ。
「えっと、今日わざわざ来てもらったのは、君を特任教授に任命しようと思ってね」
「……は?」
なんか……今、さらっととんでもないことを言わなかったか? 聞き間違いか? 歩は聞き直した。
「特任教授……? なんですか、それは」
「うん、だから学生じゃなくて、君を大学側が雇いたいって話なんだよ。これは青田刈りというか、ヘッドハンティングだ」
「…………は!?」
ちょっと待て!! 学生じゃなくて、『雇いたい』!?
「な、なんで……!?」
あまりにも突然過ぎる申し出にあたふたする。自分はまだ十八で、学生として受験をして入学した……はずだ。なのに、本当になんで?
「君の入試時の論文がよくできていたからね。今、大学も人手不足だし……。それならいっそ、特任教授として雇っちゃえ! ってことで。君、寮生で奨学金生でしょ? 悪い話ではないと思うんだけどなぁ。学費を払うどころか、給料がもらえるんだよ?」
「うっ……」
歩はたじろいだ。これって奨学金を盾にしている時点で少し卑怯では? でも、学費を払わずに給料まで出るというのは魅力的すぎる。
「で、ですが私は学ぶために来たわけで……」
「大学は義務教育ではない。研究機関だよ。就活のための腰掛けでもない」
「それは……そうですけど」
『就活の腰掛けではない』と言われてしまい、言葉をなくす。もしかして私、大学選び失敗したーー?
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