独身貴族

高坂栞

一章 完璧な独身生活

第1話

 古川慎二、三十五歳。職業『ニート』。

 と、書けば、ある一定の層からは同情を得たことだろう。

 しかし、待ってほしい。

 僕は決して、負け組の人生ではないのだ。いや、そもそもニートに負け組という称号を与えるのは間違っているだろう。

 倫理観の問題は置いておくとして、僕が勝ち組の人生なのは、ある種の親ガチャに成功したおかげなのだ。

 僕の父親は財閥、と呼ばれる大企業を経営する社長だった。

 いくつもの子会社を抱えて、両手じゃ数え切れないほどの事業を展開して、しかも成功させている。

 父親はリアルに天才だった。と、ここまでくれば気づく人もいるだろうか。

 そう、天才は早死にするというのがお決まりで、実際にその通りになった。

 父は四十五になって、心疾患で亡くなったのだ。

 いい父親でもあった。というか、放任主義であった。

 僕に企業を継がせる気はなかったらしいのだ。それで僕は伸び伸びと成長し、ゲームやらスポーツやらデートやら、いろんなことに手を伸ばし、遊んできた。

 僕が東京大学の一年生をしていた時に亡くなったから、いくらなんでも死ぬのは早すぎるだろうという実感が、今でも残っている。

 ああ、あとよく聞かれるのが遊んでばかりで、どうして東京大学に受かったのか?という質問については、完全に遺伝子のお陰だ。

 大学生をしていたころは、どうしてあんな豚箱(学校)に詰められて勉強しているのに、東京大学すら合格できないだろうと思っていた。父親の遺伝子のお陰と気づくのは、少し年を取ってからだった。

 どうやら話が脱線したようだ。

 父親が亡くなり、そうしたら遺産の問題が発生する。

 僕は当然、母親が継ぐものだとばかり思っていたが、母親は心の底から父親を愛していて、父の訃報を知った後日、自殺した。

 お金目当てだと言われたこともあったらしい。だが、一緒に生活していた僕が保証する。母は父を、心の底から愛していた。

 そんなこともあって、父の遺産は全て僕が継ぐことになった。

 税理士に確認してもらったところ、株式やら別荘やらで、もろもろ合わせて遺産の時価総額が一千七百億円を超えた。超えた、というのは、あとは端数だ。

 当然、僕が相続税なんて払えるはずもなく(少なくても、当時、僕の通帳には一千万円くらいしかなかったはずだ)、結果、全てを売り払った。

 問題が生じたのは、親族の亀裂、くらいなものだった。

 僕は親族から総スカンをくらった、つまり全員から嫌われたのだ。

 まあ、僕はいま北海道に住んでいるし、親族と顔を合わせることは一切ないし、悠々自適な生活を送っている。

 ちなみに、東京大学は一年で退学した。あまりに授業がつまらなすぎるのだ。

 退学してすぐに札幌の丸山に一軒家を買って、今日まで、そこで暮らしている……と僕は朝から、自分の歴史を振り返っていた。

 今日はまさに、これまで人生を振り返るにふさわしい日だったからだ。

 そう、三十五歳の誕生日である。

 午前十時半ごろ。

 振り返りも終わったところで、僕はベッドから飛び降りた。

 さすがに北海道の冬は寒かった。布団を畳んで、すぐにパーカーを羽織った。

 リビングに行き、テレビをつけた。

 朝のニュースにはまるで興味がない。世の中の流れとか、政治の問題だとかは正直、どうでもよかった。僕はすぐにネットフリックスを開いた。ドラマの続きがはやく見たかった。

 ドラマの再生ボタンを押すところまで行き、僕は走って洗面台に移動した。顔を洗って、歯を磨いて、途中冷蔵庫によって、コーラ缶を取りだし、ソファーに戻る。

 すぐに再生ボタンを押した。

 コーラを一口。朝の一杯は最高だった。

「もうええでしょう」

 いやあ、確かにこのセリフ、トレンドになるわな。面白すぎた。ちょうど、昔に友達と地面師について語ったことがあるのだ。友達がいうには、関連会社が地面師に引っかかって、数百万の損害を受けたとか。

 東京大学時代の友達だった。彼も財閥の生まれで、しかも僕よりもぼんぼんで、そのぼんが数十個も多かった。ぼん、というのは所謂、世代を表していて、僕たちが自慢し合う時に用いるものだ。ほら、イギリス貴族が『我が国境は』と自分の領地を自慢するときに使うみたいなやつだ。


 ――ドラマを見ている途中、たまに飽きる時がくる。

 それがいま、まさに来てしまったらしい。

 僕は画面を止めて、ソファーで横になった。

 もう、午前が終わりそうな時刻だった。

 机の上においてあるスマホに手を伸ばして、ユーチューブを開いた。

 何か、面白いものはないだろうか。と無心で動画あさり続けるも、大抵、こういうときは何も面白いものは見つからない。

 仕方なく僕は立ち上がり、書斎に向かった。

 こういうときは読書をするといい。新刊をまとめて買ったのが、まだ読み切れていない。

 僕は書斎のゲーミングチェアに座って、読書を始めた。

 

 腹がすくと、読書に集中できなくなる。

 僕は本を閉じた。

 リビングに向かい、冷蔵庫を開いた。家政婦が作り置きしてくれた料理を電子レンジで温めてたべる。

 僕は家政婦のお陰で、外食することは滅多になかった。

 外に出る機会も減ってしまった。

 僕は子供のころから、取り繕うことが苦手だった。

 友達が増えるにつれて、関係性がこじれることも多々あった。大学生にもなると、僕は人間関係の多くを捨てるという選択をした。

 結果、僕は今や友達が一人しかいない。大学時代に作った、財閥生まれの奴だ。

 仕事もなく、好きなことだけをして生きていく。

 ぐうたらしていると、過ぎていく時間は本当にあっという間だった。

 遅めの昼食を食べていると、電話がかかってきた。

 心当たりのある番号だった。

「はい」

『あ、もしもし。私、古川建設の羽鳥と申します』

「はあ」

 やっぱり、アイツらだ。

『古川慎二様に、お話がございます。少し、お時間を取らせていただいてもよろしいでしょうか?』

「いいですよ」

『ありがとうございます。我々は今、札幌の中央区にビルを建てる計画を推進しておりまして、古川様にもぜひ、ご協力をお願いしたく……つきましては、詳細をお話しさせていただく機会を設けてはいただけないでしょうか?』

「えー、嫌だけど。今の古川の社長って、社内の成り上がりの人でしょ?」

『えぇ、はい』

「彼が計画したビジネスさ、全部赤字じゃん」

『ですが、今回の計画は勝算があると』

「去年の建設会社の純利益は?」

『ええっと……百万円ほどです』

「じゃあ、利益率は?」

『……五パーセント未満です』

「終わってんね。前年比、マイナス三十二ポイント。今の社長、下ろした方がいいよ! じゃあね」

 僕は電話を切って、スマホをソファーに向かって投げた。

「くそが、どうせ投資者募っても集まらなかったんだろ」

 僕は不味くなった料理を食べ終えて、キッチンに皿を置いた。

 むしゃくしゃする。

 こういう時は、ドライブだ。

 僕はガレージに向かった。だだっぴろいガレージに、フェラーリのローマと、スバルのフォレスターが駐車されている。

 灰色のローマに乗った。エンジンをスタートする。いい音だった。

 ふかしたいが、近隣のご高齢に文句を言われたばかりだから、控えておこう。

 僕はボタンで倉庫を開けて、公道にでた。

 アクセルを踏む。車体がぐいっと前に進む。

「やっほー」

 っと、さすがに調子に乗りすぎた。

 アクセルを調整して速度制限内にする。というか、坂道で速度を出すと、冬の間に敷いた滑り止めの石が跳ねて、車体を傷つけるんだ。だから、高級車を公道でぶっとばすようなことはしない。

 ぶっちゃけ、リセールとかは考えてないけど傷だらけになるのは嫌だった。

 坂道を下って、僕はコメダ珈琲に向かった。いや、やっぱり書店を先に寄ってから、本をコメダで読むか。

 決めた。今日の僕の誕生日は、書店とコメダで決まりだな。

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