第2話 奴隷くんに命令

 『私の奴隷になりなさい』


 なんでそんなセリフを言ったのか、自分でもわからない。

 私はどうかしてしまったのだろうか。


「はぁ……。ちょっとやりすぎたかも……」


 カーテンの隙間から差し込む朝光に目を細めながら、自分の言動に少しばかり後悔していた。


――でも、仕方ないじゃない。そうよ、そうでもしないと……。


「もう……。入学してからもう3ヶ月以上経つのに。私は……」


 一人で呟きながら、カーテンを開ける。

 眩しすぎる夏の日差しが一気に降り注ぎ、私は思わず目を瞑った。


 あれだけ煩かった蝉の音も気づけばほとんどなくなり、もう夏が終わっていくのだと思った。


「助けてよ……」


 私のことなど気にも留めず進んでいく季節に、なんとなく孤独を感じていた。



「で? 結果はどうだったんだよ」


「確かにー。気になる気になる」


「い、いやぁー……」


 俺は今、第二のピンチに陥っていた。

 一度目は昨日の放課後、佳奈に呼び出された時。

 二度目は今、朝のHR前の教室で。


 あれだけ啖呵を切って、モテるアピールをして決行した計画の結果を問い詰められているのだ。

 昨日の有様を見てもらえれば、結果など想像に容易いだろう。


「告白は何件成功したんだよ?」


 ぶっきらぼうな口調でそう問い詰めてくるのは、俺の中学校からの親友、神谷 健介(かみや けんすけ)だ。

 

 色黒で筋肉質。勉強は全くと言っていいほどできないが、運動神経が良く、体育会系。健介は俺とは正反対と言っていいだろう。


 こいつとの出会いを語ると長くなるので今は控えるが、なんでも腹を割って話せる数少ない友達の一人だ。


「そーだそーだ。気になるぞ!」


 隣から囃し立ててくるこいつは、久留米 大樹(くるめ たいき)。

 高校に入ってから同じクラスになって、気づけば毎日一緒にいる。

 

 健介とは違い、勉強ができて色白で細長い。

 いつも眠た気な目をしていて、常に半笑いで変なやつだ。

 面白いことには目がなくて、いつもすぐに俺をいじってきやがる。


「チッ……。お前らには正直に言っておくか……。結果は――」


 告白失敗:百十二件

 保留:一件


「全然失敗してるじゃねぇか!!」

「あんだけ自信満々だったのに面白ー!」


 二人とも腹を抱えて笑っている。

 そんなに人の不幸が面白いか。こいつらめ。


「あとは――」

「あとは?」


「――奴隷が一件」


「は?」

「ん……、ん?」


 これまでに見たことないような怪訝な顔で、二人が俺の顔を覗き込んでくる。

 さすがに意味がわからなすぎると踏んだ俺は、昨日の話を概ね二人に伝えた。


「ま、まじかよ……。鶴島に目つけられたのかよ……。明日から俺とは他人ということにしといてくれ」


「ゆうちん、君終わったね……。僕も友達だと思われるとまずいからこれからは僕への接触は控えてね……」


「おい! お前ら! 薄情すぎるだろ!!」


――ガラッ!


 その瞬間、勢いよく教室の扉が開いた。

 俺は瞬時に本能的危機を察知した。


「――おはよう。奴隷くん」


「つ、鶴島……。わざわざ俺のクラスに……」


「当たり前でしょ。昨日契約したんだから。私の奴隷になるって」


 鶴島の隣には取り巻きが二人。

 一人は花澤 久美(はなざわ くみ)。

 一言で言うのであれば、底抜けに元気なバカだ。


 ショートカットで艶のある髪に長いまつ毛と小さい顔。

 スラリとした体型をフル活用して、崩した制服を完璧に着こなしている――が、バカだ。

 容姿がいいことで助けられまくっているに違いない。(偏見だが)


 二人目は東 花恋(あずま かれん)。

 こいつは俺が最も苦手とする人種、ギャルだ。


 校則を完全に無視した金髪の長い髪と、武器にでもなるんじゃないかというくらいの長い爪。


 鶴島に負けず劣らずどころか、もっと気が強いのではないかというくらいインパクトのある女子だ。


 とはいえ、こいつもこんななりだが、美女として一部の男子人気が高い。(俺には全然よくわからんが)


「鶴島、お前な……。奴隷になるとか勝手に決めたのはお前だろ。俺はそんな約束した覚えはないぞ」


「うるさいわね。アンタに選択肢なんてないわよ。それに、アンタ気づいてる? 学年中の女子がアンタの敵なのよ。この状況で逃げられると思ってるわけ?」


 周囲に気を配ると、ヒソヒソと俺の方を見ながら女子たちが話しをしているのがすぐに目に入った。

 

(うわ、あいつー? 喋ったこともないのにLINEで急に告白してきたドーテー)


(私も告られたわ。クラスの女子全員に告白したってまじ?)


(いや、それ噂によると学年全員らしいよ。ほんときもいよね)


「くっ……」


 今更ながら、自分がとんでもないことをしてしまったのではないか、そう思い始めていた。


「ちょ、ちょっとかなっぴ! 奴隷って何!? お友達じゃなくて、ドレイ!?」


 流石の久美も驚いている様子だ。

 無理もない。普通に考えて意味わからんことを言ってるのだから。


「てかドレイってどういう意味だっけ?」


「アンタ、本当アホね……」


 うん。それは俺もすごく同意見だ。


「へー。奴隷なんだ。じゃあ焼きそばパンよろしくー」


 そこのギャルは受け入れるの早すぎるだろ。

 というかもはやあんまり話聞いてないだろお前。


 とはいえ、四面楚歌であるのは間違いない。

 全ての元凶は、あの計画を実行した俺にある。

 ここは一旦、どうにかやり過ごすのが得策かもしれない。


「あ、あぁそうだな。俺は鶴島の奴隷だったな! すまんすまん忘れてた」


「えぇ!?」


「おい! 勇太!」


 健介と大樹が絵に描いたように目を丸くしている。


「で、奴隷くん。アンタに早速命令があるんだけど」


「な、何かな……?」


 すでに嫌な予感はしている。

 佳奈は絶対に突拍子もない無理難題を押し付けてくるに違いない。

 そうなったらどうやって対処しようか。


 色んな憶測と不安がぐるぐると頭の中を巡る。

 そして、佳奈がしばしの沈黙を破る。



「――私に理想の彼氏を作りなさい」

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