ノリで学年の女子全員に告白した結果、悪魔のような女の奴隷になり俺の人生が終了した

水川 涼

第1話 ノリで学年の女子全員に告ったったw

 ――もうずいぶん昔の話だが、いまだに幾度となく思い出してしまう。それは地獄のようで、喜怒哀楽という喜怒哀楽全てがグルグル巡って、毎日ムカついて、むず痒くて……。そんな日々のことを。



「で? 伊藤 勇太(いとう ゆうた)だっけ? アンタ、私の奴隷になるの? ならないの? 今すぐ答えて」


 放課後の体育館裏まで美少女に呼び出されて、こんな言葉を投げかけられている男子高校生は、全国でもおそらく俺だけだろう……。


 見ようによってはそういうプレイでもしているのではないか、というくらい様になっているが、さすがにこんなセリフを普段から言い慣れているわけではないと信じたい。


 肩下くらいまであるサラサラの黒い髪。一見クールにも見える切長で大きい瞳。小柄な割に慎ましくはない胸と、細すぎない体型が絶妙なバランスで、美少女という言葉が似合うこの女子生徒は鶴島 佳奈(つるしま かな)だ。


 学年でもトップクラスに人気者のこの美少女に呼び出されたことと、信じられない質問のダブルパンチで、正直戸惑いまくっている。


 奴隷になる? 人生で初めて投げかけられた質問だ。

 何を求めてこの質問をしているのか、全く意図がつかめない。


「……えっと……。つまり……ん? ちょっとよくわからなくて……」


「よくわからないじゃないわよね。自分がやったことわかってんの? 舐めてんの?」


「え……いやぁ……」


 佳奈の鋭い眼光が俺を貫く。

 

 まるで性犯罪者でも見るかのような軽蔑した目線。

 人によってはこれがご褒美とでもいうのかもしれないが、生憎俺にそういう趣味はない。

 ただただ気が強すぎる女子にビビっているところだ。


 ――自分のしたこと……か。わかってる。いや、わかってるどころか夏休みから計画して実行したことなので、わかりまくりすぎてるな。


 それも入念な計画だ。

 夏休み中に自宅に友人二人を招き、ホワイトボードに作戦のあらましを書いて、セミナー形式でしっかりとプレゼンまでやらせていただいた。

 びっくりするぐらいの確信犯である。


「アンタが私の友達全員に告ったから、舐めてんのかって聞いてんの!」


「な、舐めてるってわけじゃ……」


「じゃあなんなのよ。イタズラのつもり? それとも何? 一度に沢山の女子に告白したら一人くらい付き合えるかも☆ みたいなバカみたいなこと考えてたわけ?」


 御名答。まさにその通りだ。なんなら告白が成功した人数を友達に自慢するところまで計画に織り込み済みだ。

 俺がいかにモテるのか。いかに凄いのか。それを見せつけるためだけに行った計画だ。


 だが、一つだけ間違っていることがある。

 佳奈の友達全員に告白したのではない。

 "学年の女子全員"に告白したのだ。


 なぜ俺がそんな計画を実行したのか。

 答えは至ってシンプル。

 俺が何者かになりたかったからだ。


 勉強はそこそこ、運動は大してできない、特に容姿に優れているわけでもなく、何か特技があるわけでもない。


 その上姉は美人で文武両道、学校では御三家なんて呼ばれる美女三人組の一角を担っていると来た。


 劣等感を抱くなという方が難しい。


 だけど、努力はできない方ではない。勉強もサボらずコツコツやってきているし、自分が頑張ると決めたことはなんでも努力はしてきたつもりだ。


 でも、人から圧倒的に認められる経験は、努力だけで得ることはできない。

 そこそこすごいね、頑張ったね。その程度の評価だ。

 だから、こそ苦しいくらいに枯渇している。


 幼い頃から親も親戚も周りの人間も、才能のある姉ばかり賞賛し、承認し、その才能と努力を讃えてきた。


 俺は何者なのだろう。いや、何者でもない。だとしたら何のために生を受けて、何のために今を過ごしているのだろうか。

 思春期のせいなのかわからないが、そんな自問自答が毎日のように繰り返されていた。


 何者かになれば、人と違う功績を残せば、姉のように、目の前の鶴島 佳奈のように、誰かに圧倒的な賞賛をされるのだろうか。


 まぁ佳奈からすれば、それがどうした、くらいの話にしかならないだろうし、火に油を注ぐ可能性すらあるのでそんな話はもちろんしない。


「いやぁほら、俺ってモテねぇからさ。せっかくの高校生活彼女の一人くらいほしいなぁなんて思ってさ……」


「はぁ? 意味わかんない。どういう思考回路してたらこんなことするのよ。頭おかしいんじゃないの」


 こいつにはきっと理解できない思考回路だろう。

 佳奈のような人間は、幼少期から容姿や能力、生まれに恵まれ、親族や友人から常に愛されて賞賛され続けて生きているに違いない。


 自分が何者なのか、何者かになれるのか。

 そんな馬鹿げたことを本気で考えて、実行に移すことなどきっとないのだろう。


 本当だったら言い返してやりたいところだが、今ここで事を荒げるのは悪手すぎると直感で理解しているので、もちろん言い返しはしない。


「本当童貞って感じね。女の子だったら誰でもいいわけ? というか、そんなのすぐにバレるに決まってるじゃない。私の友達みんな、アンタのことキモいって言ってたわよ」


「へ、へぇ……」


 『童貞』だの『キモい』だの、思春期の女子は当たり前のように純粋無垢な男子の心をとんでもない角度で抉ってきやがる。

 

 そして結局佳奈は俺に何を求めているのだろうか。

 奴隷ってどういうことなんだ。

 一度に色々な感情が刺激されすぎて、状況の整理が完全に追いつかない。


「ど、奴隷ってどういう……?」


「言葉通りの意味よ。私のいう事をなんでも聞くのよ。それだけじゃないわ。私の友達の言うこともなんでも聞くの。当たり前でしょ。迷惑かけたんだから」


「な、なんでもって……」


 アニメや漫画で聞くようなセリフが佳奈の口からポンポン出てくることに驚きまくっている。


 現実でこんなこというやついるんだな……。

 というか、なんでもってなんだよなんでもって。

 こっちの方が馬鹿げてないか?

 

 もちろん迷惑に思われたのであれば、謝罪はする――が、そこまでのことだろうか。


「さ、さすがに鶴島、奴隷っていうのはやりすぎじゃねぇか……? もちろんみんなには謝るからさ」


「謝る? そんなことされたって別になんも嬉しくないわよ」


 腕を組みながらそっぽを向く佳奈。

 奴隷になるのかならないのか聞かれていたはずだが、もうこれは奴隷になりなさい。と言わんばかりの態度である。


 奴隷になると具体的にどんなことをさせられるのかわかったものではないので、その場凌ぎで『わかりました』とも言えない。


 この状況をどう打破するか……。


 現状打破の方法をしばらく考えてみたが、やはり答えは出ない。

 体感時間は五分くらいあったが、実際は十、二十秒くらいだろうか。

 沈黙を破って、佳奈が口火を切る。


「ていうか、こんな童貞でキモいやつと話をしているのも時間の無駄だから、もういいわ。アンタ、明日から私の奴隷ね。私の友達にもそう伝えておくから」


 そう言い残して佳奈は去っていった。

 その言葉が何を意味するのかは、鈍感な俺でも即座に理解できた。


 佳奈は高校一年生の夏休み明けにしてすでに学年の中心人物。

 男子からは美少女だのアイドルだの騒がれて、女子の中ではリーダーみたいな立ち位置だ。

 女子の友達もめちゃくちゃ多いし、みんな佳奈の味方をしていると言っても過言ではない。


 佳奈の周りにはとにかく友達とそうでない人も含めて、人が恐ろしいほど集まる。カリスマ性ってやつなのかはわからないが、そういう性分みたいだ。


 だから、つまり――。




 ――俺の高校生活が終わったってことだ。





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