ゆいちゃんの足とか

尾八原ジュージ

ゆいちゃんの足とか

 ゆいちゃん、という女性と付き合っていた。

 足の小さな女の子だった。


 そもそも、ゆいちゃんは全体的に小さかった。身長は150cmちょうどくらいだし、手なんかまるで子どもみたいだった。

 でも、足はとびきり小さい。特に、右足が小さい。

 ゆいちゃんの右足には、つま先がなかった。

「むかし、あたしのママが切っちゃったんだよね」

 足の先っぽ、全体の四分の一くらい。

「なんで切っちゃったんだと思う?」

 ぼくにそう尋ねながら、ゆいちゃんは長いまつ毛を伏せて、陰鬱そうな瞳を光らせて、血色の悪い青白い顔で、まるで愛らしい悪魔みたいにほほ笑むのだ。


 わかんない。なんで切っちゃったの? って聞いても、ゆいちゃんは答えない。

「あててみ?」

 って、呪文を唱えるみたいにそう言うだけだ。


「間違えてドアに挟んじゃった?」

「ブーッ。わざと切ったの」

「ゆいちゃんのママは実はお医者さんで、それでゆいちゃんの爪先は病気にかかったとかで、どうしても切らなきゃならなかった?」

「ブーッ。ママはふつうの主婦だった」

「本当は、元からつま先がなかった?」

「ブーッ。本当にママが切っちゃったの。切られる前はあったの」

「ママさんは、ゆいちゃんの爪先が大嫌いだった?」

「ブーッ。かわいい足だねって、いつも褒めてくれたよ」


 ぼくの貧相な発想力ではこの辺りが限界で、「まぁいいか、知らなくたって」という諦めの心境に、簡単に至ってしまったのだ。だからゆいちゃんを問い詰めるのは、やめた。

 そんなぼくを、ゆいちゃんは相変らず悪魔みたいな目つきでじっと見つめた。


 ある年の夏、黄色いサンダルにつま先のない足を差し込んで、足首のベルトを締めながら、

「ママはあたしの右のつま先を取って、あたしのお姉ちゃんにくっつけようとしたんだよ」

 と、ふいにゆいちゃんがそう言った。

「それが上手くいったら次は右の手首から先をとって、それも上手くいったら今度は左脚を付け根からぜんぶ、思い切って取っちゃうつもりだったんだって」

 話しながら足首のバンドを締め直したゆいちゃんは、殺風景なぼくの家の玄関にすらりと立ち上がる。

「お姉さんがいたなんて、言われなきゃわかんないよ。ズルだよ」

 ぼくがやっとの思いでそう言うと、ゆいちゃんは「ごめんね」と言って、いつもの悪魔らしくない、悲しそうな顔で笑った。それから、

「ばいばい」

 そう言って手を振ると、ひらりと外に出ていってしまって、それからというもの、一度も会っていない。連絡も途絶えてしまって、共通の知り合いなんてのも気付いてみたらいなくて、ゆいちゃんとはそれっきりになった。


 ただ今年の正月、ゆいちゃんから突然年賀状が届いた。

『家族と仲直りしました』

 手書きの、ひどくたどたどしい、でもたぶん彼女本人の文字で、そう書かれていた。

 年賀状に印刷されていたのは、バストショットの写真だった。

 ソファに座っているらしいゆいちゃん。そしてその隣には、彼女とほとんど同じくらいの大きさの、顔のないマネキン人形が置かれている。

 ゆいちゃんはその肩を左手で抱き、満面の笑みをカメラに向けている。ピースサインのつもりだったのだろうか、こちらに向かって突き出している右腕には、手首から先がなかった。

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ゆいちゃんの足とか 尾八原ジュージ @zi-yon

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