第3話「初めての海外旅行」


「じゃーん!アンチちゃん見て!」


とても大きな声で、嬉しそうにやってきたイデアちゃん。


「なぁに、なんかいい事あった?」

「よく分かったね、アンチちゃん!いい事がありました!」

「ほら!」


イデアちゃんは豪快に腕を広げた。

手には二枚の紙切れがある。


「なにそれ」

「ふっふっふー!実は福引で海外旅行券が当たっちゃいました!」

「おお、そりゃ凄い。で、どこに行けるの?」

「聞いて驚くなかれ!…ポイント・ネモなのです!」


鼻息を荒くするイデアちゃんとは裏腹に、至って冷静な私。


「…どこよ、そこは」

「陸地から一番遠い所で、人類未踏の地だって福引のおじさんが言ってたよ!」

「…陸地からってことは…海のど真ん中ってこと?」

「そういうこと、勘が鋭いねアンチちゃん!」

「それで褒められても嬉しくないけど…」


券をヒラヒラと舞うように振り回す姿は子供みたいだった。

そんなに嬉しかったのか、私も少し嬉しくなってきたかも。


「そっか、イデアちゃん海外旅行行ったことないんだっけか」

「初めてだよ!」

「じゃあいっぱい楽しもうね」

「うん!楽しむ!」


本当に子供に見えてきた。

それも結構幼い感じのね。

本当は二十歳超えてるけど。


「じゃあパスポート作らないとね」

「…それがね、アンチちゃん。パスポート要らないんだって!」

「…なんで?」

「海だからだって!」

「そういうもん?なの?」

「そういうもんなの!」

「じゃあ、まぁ…いっか」

「そうと決まれば早速行こう!」

「え?今から?」

「もちろんだよ!ほら、早く早く」


イデアちゃんはいつの間にか、キャリーケースを持っていた。

本当にいつ、どこから出したんだろ。


「分かった分かった、すぐ準備するからまっ……」

「じゃーん!アンチちゃんの荷物もありまーす!」


そう言うと、またどこからかキャリーケースが出てきていた。

マジシャンかよ。


「…準備万端じゃん」

「ふっふっふ!それじゃあ出発だぁ!」


そうして数日後、やっとの思いで「ポイント・ネモ」へ到着した私たちだった。


「なんとなーく思ってたけど、なんも無いね」

「水はあるよ?」

「水っていうか…海水だけど」


想像した通り、海以外なにも無かった。

聴こえるのはイデアちゃんの声と、ボートのエンジン音、そしてラジオだけ。


「よし、帰ろっか」

「えー!せっかく来たんだから遊ぼうよ!」

「…遊ぶって言ったって、海のど真ん中だし、なんも無いし…」

「じゃあしりとりね!」

「いや、それいつでも出来るってば」


ちょっと可哀想だけど海外なんてこんなもんだよ、イデアちゃん。

そう頭の中で呟いた。


ボートに付いていたラジオから突然、砂嵐の音と共に声が聞こえてきた。


──速報です。先日打ち上げた「人工衛星八○○○号」が今日、帰ってくるとの事。


「ねぇ、アンチちゃん。空見て!なんか光ってる!」

「ほんとだ、なんだろ。流れ星かな」

「わっ!お願い事言わなきゃ!」


イデアちゃんはポケットから旅行券を取り出した。


「当たってくれてありがとうございます!」

「それお願い事じゃなくて、ただのお礼じゃんか」

「あ…えへへ、うっかり!うっかり!」

「全く…」


不意に旅行券に貼ってある、○○商店街とプリントされたシールが剥がれ落ちた。

そしてその跡には「秘密自殺ツアー」と書かれていた。

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想像イデアちゃん こもり @TyIer

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