雨が降れば 君は笑う

あさひ

黎明零話 少女と怪異

 現代にもあるのだ

昔の生活を守る生き方や伝統を重んじることが

しかし忘れ去られたものは

どうあがいても重んじれないのである。

 記憶にないのだから

残酷だが事実だ。


 太陽が爆笑する町

常に陽が溢れる町なのだ。

 そんなキャッチコピーの描かれた

カラフルのポップ体は町民から見ると

意味がわからない。

「なんで太陽が爆笑?」

 疑問を持ちながら

ポスターから目を離さずに待つ少女は

手に傘を持っている。

 護身用かと思わんばかりに

日本刀かのような持ち方だ。

「遅いな……」

 不意な呟きに呼応するかのように

遠くから騒がしい足音が聞こえる。

「いつも走ってんなぁ」

≪ごめぇええぇええんぅうううっ!≫

 耳を少しだけ塞ぎながら少女は

走ってきた少女を見ていた。

「寝坊でしょ?」

「えっ? なんで?」

「寝ぐせがあるから」

 走ってきた少女はてへへと

笑いながら櫛を取り出し研いでいく。

「慣れたから大丈夫だよ」

「ごめん……」

「もう時間ないから行こうよ」

「ごめんねぇ……」

 少女は二人で映画館へと入る

その後ろを羨ましそうに見ている少女は

二人とは関係なかった。

「わっちも見たいのぅ」

 古風な喋りかたで

どこかにトテトテ走っていく。


 映画が面白かったらしく

笑いながら出てきた二人は

近くにある喫茶店に入った。

「おぉ…… いつものでいいか?」

「そうだねぇ」

 気だるそうだが嬉しさを隠さずに

ニマァっと笑う。

 横の少女は苦笑いで店主に誤魔化した

そして気だるそうな少女に

袖を引っ張り注意する。

「どうしたの?」

「いや…… 不気味だよぉ」

「三日連続で寝坊出来るほうが憑かれてるかもね」

「ぐっ……」

 いつもの席に座ると

料理はすぐ運ばれてきた。

「ナポリタンね」

「ここって原価割れとかないの?」

「安くてすまんな」

「いや美味しいから嬉しいけど」

 ポカーンとやり取りを見ている少女に

粉チーズはいると聞く。

「えっ…… あっうん」

「パン粉ないの?」

「いつものやつな」

 店主が後ろをクイクイッと

指さした。

「なるほどね」

【小麦の値段が高騰中】

 テレビや張り紙に書いてあった

どうやら作物が不足しているらしい。

「この頃の雨だったっけ?」

「謎だな」

「そうですよねぇ」

 冷めないうちにと

店主がカウンターに戻る。

「食べようか」

「そうだね」

 二人はナポリタンを

映画の感想を話しながら完食した。

「美味しかった」

「いつもの味で安心するよねぇ」

 店主が苦い顔で

カウンターから唸り始める。

「どうしたの?」

「お前らもう少し店に居れるよな」

「そうですけど……」

「蝕雨が降るらしい」

 蝕雨≪さわりあめ≫

近頃に頻発する謎の雨で

触れたすべての食物を腐食させる

不思議な現象だ。

「穀物倉庫は新しくなったが……」

「何か問題?」

「害獣が出るらしくてな」

 害獣と言われるのは

正体不明の四足歩行の足跡である。

「イノシシかな?」

「それが蹄がないんだよな」

 頭をポリポリと爪でなぞると

店主は羽を取り出した。

「カラス?」

「いや穀物倉庫付近にあった」

「四足歩行なんですよね?」

「足跡はな」

 疑問が深まるが

今は蝕雨が止むまでの暇潰しがない。

「仕方ないな」

 店主はそう呟くとバックヤードに

潜るように入る。

「どこに行くんだ」

「探しもの?」

 戻るまで席につくことにした

数分後に店主は古文書を持ってきた。

「うちにはこれぐらいしか娯楽なくてなぁ」

「娯楽なの?」

「違うと思うけどなぁ」

 一応だが

気になったので読んでみる。

「これってなんて読むの?」

「さわりあめ ここにふりて それめのこなり」

「さわりあめ?」

「雨避神社があるだろ?」

 雨避神社≪あめひじんじゃ≫

町のはずれにある神社で

雨を鎮める女神が住む普通の神社

稀にお供え物が消えたという現象があった。

「さわりあめってのは雨避神社の女神のことだよ」

「座敷雨姫≪ざしきうひめ≫だよねぇ」

「なんで知ってんの?」

 遅刻の少女はバイトで

雨避神社の巫女をしたことがある。

「正月にお年玉を増やせるからぁ」

「バイトあるんだ……」

「お雑煮と甘酒が美味しいのもあるけどねえ」

「賄い付きか……」

「日給が一万超えってのもね」

「高額バイト……」

 どこで見つけたのと

迫る少女に苦笑いで後ずさった。

 窓の外は大雨の景色が広がっている

しかし黒い雨を見るのはホラー映画のようで

心が萎んでいく。

「窓が真っ黒だ」

「外が見えないね」

 安全圏から見ている

危険は建物内には来ない。

 普通はそうなのだ

だが今日は少しだけ違う

不意に店のドアが開く。

「いらっしゃ……」

 癖で営業挨拶をする店主は

異質な光景を何秒後に経験する

故に空気が凍った。

「ここじゃな?」

 着物を着た少女が

汚れもなしにいる。

「黒に染まってない?」

「じゃあこれは?」

 二人の少女は

疑問をそのまま口にした。

「なぽりたん……」

 店主はいまだに

凍っていたが

客とあらば即対応がモットー

毅然と調理場に向かう。

「そういえばお金は?」

「ああ賽銭かの?」

「神社の帰りね」

 着物の少女は疑問符を頭に浮かべる

何か言いたそうだが

その前にナポリタンが出来上がった。

「この赤いのが【なぽりたん】なんじゃな」

「どこかの令嬢?」

「この年だったらよくあることだよぉ」

 ナポリタンを見つめながら

見よう見真似なのか

粉チーズを掛けようとすると思いきや

何かを探している。

「ぱんこ? とやらはどこじゃ?」

「ああ…… 今は蝕雨で小麦粉がなくてね」

「そうなんだよぉ」

 ほうと着物の少女が

納得したような表情になると

窓に向かって何かを唱えた。

「あれ?」

 窓の外が

どんどん明るくなる。

「夕日が戻った?」

 着物の少女は何事もなかったかのように

ナポリタンを食べ始めた。

「パン粉いらないの?」

「ああ…… 大丈夫じゃ」

 愛想笑いをした着物の少女に

一礼をした後に

二人に少女は家に帰ろうとする。

 なんとなく不意に遅刻した少女が

名前を聞いた。

「座敷という名じゃ」

「ざしきちゃんね」

「不思議な名字だね」

「一軒しかないからのう」

 ふーんと納得した少女と

首を傾げる少女は店から家に帰る。

 夕日に照らされた黒い大地は

幻想的だった。

 まるで異世界に来た

迷い人が如く

その場所をあるく二人は

長い時間

そこに存在する。


 次の日が来た

あの夕暮れが頭が離れず

悶々とベッドで寝れずじまい

あくびをしながら一階に降りた。

 そして二人の少女は驚く

すべてが見たことのない

家具ばかりでまるで別の誰かの家である。

 そして二人共が

瓜二つの行動で平行しているかのように

同等の状況に遭った。

「あら? どうしたの?」

「迷いこんだのかのう?」

 聞き覚えのある声が

しわがれた状態で問う。

「えっと……」

【ここは私の家ですよね?】

 そこは紛れもなく

二人の少女の家で

目の前の二人は母と父だった

老夫婦だった。

 未来に飛んできたのだ

二人は空間を超越するという

現象に見舞われる。

 そこは雨避神社がなくなり

常陽町から常夜町に変更された

廃村に近い限界集落だ。


 少しだけ話すことで理解する

ここは六十年後の常陽町で

過去にダムの決壊が起きて

黒い湖と化した

常夜町と呼ばれる町である。

「黒い雨が降りしきってなぁ」

「それで私たちの娘は行方不明でね」

 まるで

【あなたみたいな娘だったのよ】


 バッと目が覚めた

ベッドで冷や汗をダラダラと

流しながら心音が暴発しそうだ。

「何? あれは……」

 窓の外を見ると

真っ黒である。

「まさか?」

 ガラケーを取り出し

昨日の映画館前まで遅刻して

走ってきた少女

灯炉あかり≪とうろあかり≫に

電話した。

 時刻を一応にも

確認するために横目を

時計へ向ける。

 二時を指していた

さすがにマズイかと

切ろうとしたが

スリーコールで応答を受けた。

「窓を開けないでっ!」

「へ?」

「避難の人が来るまで家で待機だって……」

 あかりから忠告を受けた

燈持しのぶ≪ともちしのぶ≫は

ラジオを取り出す。

 いつものニュースチャンネルに合わせると

町長からの緊急速報が

待っていたかのように

始まった。

【えぇ…… 現状段階ですと……】

 町長は重々しく

今起こっている災害を簡潔に説明する。

「ダムの決壊?」

 あまりに大きい声に

ガラケー先のあかりが

反応した。

「黒い雨が降りしきったせいでダムが溢れて……」

 しのぶの家は親は海外出張で

出払っている。

 一人で親が置いていった

作り置きとお金で休みを謳歌していた。

「昨日の古文書を覚えてる?」

「え? うん……」

「黒い雨について書いてあったみたいなんだよ」

 店長から直々に

町の放送局から伝わった内容である。

「着物の女の子って座敷って名乗ってたよね?」

「そうだったね」

 見た目の特徴が

文献に書かれた座敷雨姫と

同じだった。

「黒い雨のせいでパン粉がないって言ったよね」

「そうだね」

「それが原因みたいなんだ」

 雨避神社のちょっとした

重要性を問う試練らしい。

「私っていらない子なの的な?」

「そうみたい」

「だから一時避難で時間で解決ってこと?」

「そうだね」

 罪悪感が湧いてくるが

どうしようもないのは

確かだが

なんとなくあかりの言うことを無視した。

 カッパを着て

ドアを開け放つ。

「ちょっと行ってくるね」

「ん?」

 ガラケーをブチっと切ると

真っ暗な雨の中で視界不良を

無視しながら走った。

 道順は知っている

近道だからこそ

待つことが出来た

だから

あかりは時間きっかりである。

 走りながらどうするか

頭で整理しながら

言葉の順序を決めていった。

 考えている内に

神社に着く。

「雨姫ちゃんっ!」

 どこにいるのと

しきりに叫んでいると

後ろから肩を叩かれた。

「どうしたんじゃ? 不要な女神に何かようか?」

「不要じゃないっ!」

「怖くて今は言っているだけじゃろ?」

「確かに黒い雨で小麦が全部腐ったけどっ!」

「理由があるのかと申すか?」

「そうっ!」

 ふふふっと着物の少女が

周りの環境を何かかも

無視した状態で

願いを話す。

≪呪いを解け≫


 ただ一言そう言い放つ

簡単なことだ

そしてお前が自身を犠牲に出来るならな

命を寄越せ

そう続けられた言葉に少し戦慄した。

 だがすぐに返答する。

「わかった」

 その言葉に

着物の少女は吹き出した。

「あっははははっ!」

「ん?」

「ああ…… すまぬなぁ」

「どういうこと?」

 さすがじゃなぁと

郷愁に浸りながら着物の少女は

話しを続ける。

「久しいなぁ」

「誰ですか?」

「お前の家にいた〇〇を覚えておらぬか?」

 頭に情景が浮かぶ

頭を撫でたことも

ぎゅっとしたことも思い出した。

 ああ なるほど

だから黒い雨か

あの日に見た

君から溢れる。

 いじめを受けていた

しのぶとあかりは

傷を舐め合う同類の少女だ。

 大事にしていたのに

溢れだしたである。

 汚水が

飲み干してでも

それを取り除きたいと願った。

 君からそれが

無くなることを願った

必死に方法を考えて

見つけたその時にはもう

いなかったんだ

いない

理解せざる得ない。

 もう処理されていたんだ

あかり

君はもういなかった。

「思い出したかえ?」

「うん…… あかり」

「では約束を守れるかの?」

「そうだね」

 ガラケーから声がした

ひとつだけである。

【覚えていてくれてありがとう】

「そうだね…… 忘れたくない」

 行こうかと

着物の少女は手を伸ばし

少女はしっかり握った。

 幻影ではない

あかりの手をしっかり離さぬように

ぎゅっと

ただぎゅっと

温もりもない

だけど何より暖かい。

 神社はインクが砕けたかのように

崩れ去り

町も元の姿に戻る。

「やっと終わりか……」


 六十年後

「おや?」

 一人の老人が

人形を見つけた。

「キレイな黒髪だね」

 そして

その手をぎゅっと握る

もう一つの人形は

笑っている。

「持ち主から盗まれたようだな」

 名前が書いてあった

しのぶとあかり

その名は誰もが知らない

でもしっかり生きていた。

 人形になったのは

世界から逃げるため

なった理由は

願いが叶っただけ

苦し紛れ

願いたくもなかった願い。

【世界が最後の場所になれば良いのに】

 ダムの調査で来た

老人はダムの上から去っていく。

 沈みきった

常陽町を見下ろす人形を置いて

祠には今も二つの人形が

手を離さずに見守っていた。


 おわり






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