第1話シナリオ
どこにでもいる高校三年生の池咲枝は、進路決定を前に、歳相応に思い悩むことが増えていた。この日も起床しても、親や学校の先生、友人と顔を合わせるのが億劫で、積極的に朝の支度ができない。のろのろと台所まで辿り着くと、先にいた母親が挨拶してくるが、咲枝は小さく短く返すだけ。池家の親子関係は、すっかり冷え切っていた。
母親は朝食の準備をする咲枝に向かい、先日の三者面談について触れてくる。内部進学で本当に良いのか、他にやりたいことはないのか……お金のことなら、気にするな、と。そこで咲枝は、思わずコップを音が鳴るほど強く置いてしまう。怒鳴ってやりたい衝動を堪え、どす黒い内心とは裏腹な、優等生のにっこり笑顔を顔に貼りつけ、言う。
「んなもんないってば。三者面談で言った通りだよ。それに、そのお金って本来兄貴の分だったヤツでしょ? わたしなんかに遣わずに、もっと有効活用しなくっちゃ」
去年事故死した兄・冰絽斗のためにも。直後、ピーッ! と、パンが焼けた音が鳴る。熱々のパンをお皿に移し、リビングに移動してバターを塗った。母親がこちらの様子を窺っている視線は感じるが、咲枝はもう一言も口をきかず、素知らぬふりをして食べ続ける。食後は食器の後片付けをして、咲枝はそのまま家を出る。「行ってきます」も言わずに。
学校に着くと、今度は友人たちとの仮面の付き合いが始まる。無難に一日をやり過ごすが、放課後になると、次は生前兄の彼女だった森本冴子に、駅でバッタリ出くわしてしまう。冰絽斗を返せと吐き捨て、冴子は改札と反対方向へ駆けてゆく。咲枝はどこか他人事のように同情しながら、冴子が大声を出したことで何事かとガヤガヤしていた周囲に対して、軽くペコリと挨拶しておく。
駅を離れ、お気に入りの帰り道である、白塗りの階段を降りようとしたところ、住居の山に沈もうとする夕日のあまりの眩しさに、思わず一瞬目を細めてしまう。同時に頭の中で、今までの色んな人とのやり取りがリフレインした。そして、突然、視界がガクンと落ち込んだ。考えに耽る余り、咲枝は階段から足を踏み外したのだ。途端に浮遊感に包まれる。けれど次の瞬間、咲枝の心を支配したのは恐怖でも焦りでもなく、酷く凪いだものだった。目前を車両が横切っていく……。
(あぁ……これで、兄貴のトコロに行けるのかな……)
落ちていく中、咲枝が考えたことといったら、そんなどうしようもないことだった。
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