第6話
「……泉坂清人です」
二年に進級したと同時に行われたクラス替え。新しい教室に入った最初の日は、まず出席番号順で用意されていた席に座る事になった。その後、男子から順番に自己紹介するようにと担任の木場先生に言われてその通りにしていたら、本当に驚いた。俺のすぐ目の前の席に、長い間ずっと捜し求めていた男がいたんだから。
少し小さな声で先の通りに名乗った泉坂の姿に、俺の心はひどく高揚した。
うん、絶対そうだ。間違いない。その特徴的な名字に、初めて会ったあの日から全く変わっていないその面影。あの、泉坂清人だ!
お前、俺と同じ高校だったのか。いくら一学年の生徒数が多い学校だっていっても、今日までお前がすぐ近くにいた事にこれっぽっちも気が付かなかったなんて。
ずいぶん久しぶりだなあ、十年ぶりくらいか? なあ、今の今までお前何やってたんだよ。どうして、陸上クラブに入ってこなかったんだ?
俺、お前へのリターンマッチの為に、あの日からずっと自分を鍛えてきたんだぞ。もうあの日の、お前に負けてベソをかいていた俺じゃない。今ならきっと、あの日よりももっといい勝負ができると思うんだ。だから……!
泉坂に言いたい事や聞きたい事がいっぱいあった。だから、泉坂の自己紹介が終わったらその肩を思い切り掴んで、それらを全部ぶつける勢いで吐き出そうと思っていたのに。
「部活は特にやっていません。将来の夢も、今のところ特にありません。以上です」
声のボリュームはそのままに、淡々とそんな事を言ってのけ、無機質に椅子へと座り直した泉坂。その肩を掴もうと思っていた俺の腕は、中途半端に宙へと浮き上がってしまった。
今、こいつ、何て言った……?
部活はやってないって……お前、もしかしてあれから走ってないのか? 将来の夢もないって、あの日お前はヒーローになりたいって言ってたじゃねえか。それなのに……。
俺は、うつむき加減に座っている泉坂の姿を、すぐ真後ろの席からじっと見つめる。あの日、泣き出した俺を気遣う優しさを見せつつ、走る事に絶対の自信をも持ち合わせていた幼い泉坂と比べると、まるでと言っていいほど覇気がなかった。
何なんだよ、いったいどうしたんだよ泉坂。あの日のお前は、いったいどこに行ったんだ……!
そう叫びだしたかったのに、木場先生の「次、井上君の番よ」と促す声が教壇の方から聞こえてきたので、仕方なしに俺は椅子から立ち上がり、ぼうっとした表情をしている泉坂に聞かせてやるつもりで、大声を出した。
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