第4話

陸上クラブで鍛えられたおかげで、俺の身体能力は飛躍的に伸びていった。


 短距離走という競技を選んだ俺は、小学校六年間の間に執り行われた数々の大会で軒並み一位を獲りまくった。小さな雑誌のインタビューに答えた事もあるし、一度だけだが地元のニュース番組で特集を組んでもらった事もあった。


 中学に進学すれば、当たり前のように陸上部に入った。その一ヵ月後には自然にエースという立ち位置にいて、どんな試合の時だって全力を出した。俺一人だけが全国大会に出る事もあったが、幸いにも先輩や仲間達にやっかまれるどころか、フォームの悪い癖を直してもらったり、自分の知らなかったテクニックを教えてもらったりと温かく支えてもらった。


 もちろん、勉強だって疎かにしなかった。クラスメイトの誰かが「井上は陸上であれだけすごい成績出してるんだし、勉強はそこまでできなくてもよくない?」とか言っていた事もあったが、そんな訳にはいかないと俺は首を横に振った。別に文武両道を掲げていたって訳でもなかったが、俺にはそうしなければならない理由があった。






「井上、今度の期末もお前が学年一位だ。担任として、俺は鼻が高いぞ」


 中学二年の二学期末。そろそろ進路相談をしなければならない時期になって、担任の先生からそう言われた。そんな彼の手元には、かなり有名な進学塾のパンフレットが置かれている。


「それでな、井上さえよかったらこの塾に入ってみないか? 今よりさらに成績は伸びるだろうし、そしたらどんな難しい高校も余裕で」

「あ、いや……。俺、一応行きたい高校決めてるんで」


 そう言ってから、次にその高校の名前を告げれば、担任は「……は?」と目を丸くして驚いた。


「その高校って別にさほど偏差値も高くないし、お前なら目を閉じていても受かるだろう?」

「県内で一番強い陸上部があるんですよ。だから、そこ以外は考えられなくて」

「ずいぶんともったいない事を言うんだな。そもそも、どんな弱小陸上部だって、お前一人いればあっという間に強豪に化けるだろうに」

「……すみません。何せ、人を捜してるもので」

「捜してる? 誰を?」

「ずっと昔に俺が認めた、唯一のライバルです」


 じゃなきゃ、勉強も陸上もって、ここまで欲張りで目立つような真似できませんよ。俺はそう言って、苦笑いを浮かべた。


 ここまで頑張って目立てば、いつかは泉坂の目に留まる。そして、もう一度俺と勝負してくれる。そう信じて、ずっと頑張ってきた。


 それなのに、どこを探しても泉坂は見つからなかった……。

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