第3話
「はい、二位おめでとう! お菓子をどうぞ!」
ゴールで待っていた係員のお姉さんが、少し豪華なお菓子袋を俺に手渡してくる。それを無機質に受け取った俺だったが、少し離れた所にいたそいつは俺よりももっと豪華で大きなお菓子袋を手に喜んでいた。
生まれて初めて、得意なかけっこで誰かに負けた。そいつのそんな様子を見て、その事を子供心に如実に思い知らされてしまった俺は、母親が「公孝、お疲れ様~」と駆け寄ってきたと同時に思いっきりギャン泣きを始めてしまった。
今思い出しても、相当恥ずかしい。タイムマシンがあるのなら、今すぐあの瞬間に行って「泣くな、落ちつけバカ」と頭を引っぱたいてやりたいくらいだ。でも、あの時の俺はそんな恥も外聞もなく、ただひたすら泣きまくった。悔しくて悔しくて、仕方なかった。
「負けた~! 負けちゃった~! 悔しいよぉ、お母さ~ん!!」
ついにはせっかくもらったお菓子袋を放り投げて、母親にしがみつきながら大声まで出した。俺のそんなギャン泣きの大声はグラウンド中に響き渡っていて、かなりの注目を浴びていた。
どれだけそうしていただろうか。ふと気が付くと、俺や母親の元にとてとてと近付いてくる足音が聞こえてきて、俺は涙で濡れまくった両目をそっちに向ける。そこには、つい先ほど俺を負かしたそいつ――泉坂が立っていた。
「……そんなに泣かないでよ」
泉坂は困ったようにそう言いながら、俺が放り投げたお菓子袋を拾ってこっちに差し出してきた。俺は反射的にお菓子袋を受け取り、泉坂をじっと見つめた。
「君だって速かったよ? だから僕、本気で走ったの。でなきゃ、僕が負けてたから」
泉坂はこてんと小首を傾げながらそう言うものだから、それに対する俺の返事はまさに言い訳がましかった。
「あれは、俺の本気じゃない! 俺だって、もっと本気出したらお前に勝てるんだ!」
「僕だって負けないよ。ヒーローになる為に頑張るって、はーちゃんと約束してるんだから!」
誰だよ、はーちゃんって。知らないよ、そんなの。そんな知らない奴より、今は俺の事を考えろよ。そう思った俺は、泉坂に向かってこう宣言した。
「次は絶対勝つからな! 小学生になったら、俺、近くの陸上クラブに入っていっぱい練習するんだ! だから、次は絶対負けない!」
「そんなのあるの? じゃあ、僕もそこに入る! 一緒に練習しよう! えっと、君の名前……」
「……っ、
「僕、泉坂清人! よろしくね!」
少しぷっくりとした右腕を突き出してくる泉坂。ちょっと腹立たしかったが、俺はその手をがしりと掴んで握手してやった。次に会う時は、絶対に勝つ。そう思いながら。
だが、小学校に入学したタイミングで地元の陸上クラブに入っても、そこに泉坂の姿はどこにもなかった。そしてそのまま、泉坂とは会えずじまいとなってしまった。高校に進学して、同じクラスになるまでずっと……。
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