第2話

あの日は、朝から本当によく空気が澄んだ秋晴れだった。


 母親がたまたま町中に貼られていたポスターを見つけて、参加申し込みをしてくれたおかげで、六歳の俺はふんふんと気合のこもった鼻息を漏らしながら、大会の会場である運動公園のグラウンドに立っていた。


 参加費無料、飛び入りOK、出場者にはもれなくお菓子をプレゼントというずいぶんと気前のいい大会だった為か、グラウンドにはたくさんの子供達がいたが、俺は誰にも負ける気がしなかった。様々な種目のラインナップがあったが全部出場する気満々だったし、軒並み一位を獲ってやると息巻いてたくらいだ。


 しかし残念な事に、参加できる種目は一人三つまでという制限があると知った俺は、この上なく不満を募らせた。「何で、どうして!?」と詰め寄って係員のおじさんを相当困らせたし、母親にも恥をかかせたが、それでも何とか一番気合いを入れていたかけっこには参加できる事になって安心した。


 全部の種目に出られないのは不満だったが、一番得意なかけっこで活躍できるのだから、まあ良しとしよう。ぶっちぎりでゴールテープを切って、皆を驚かせてやるんだ。そう意気込みながら、スタート位置に着いた。そんな俺の右隣に、泉坂がいた事なんてこれっぽっちも気付かずに。


「位置に着いて、よ~い!」


 係員のおじさんの掛け声に合わせて、俺や泉坂を含めた五人の子供達が一斉に構える。一位を獲る事しか頭になかった俺の目は、ただただ数十メートル先のゴールテープだけを捉えていた。それなのに。


 パァン!


 スターターピストルの甲高く短い音が鳴った瞬間、俺はそんな自分の目を疑った。これまでただの一度も、走っている最中に誰かの背中を追いかけた事なんてなかったものだから、自分の目の前を一気に走っていく奴がいるという現実を受け入れられなかったんだ。


 え……? 何で、どうして……?


 ゴールまでの数秒間、そればっかりが俺の心の中を占めていく。こんなに必死に走っているのに、全く追い付けない。それどころか、どんどん引き離されていく……。


 ぶっちぎられたと気が付いた時には、俺の前を走っていた背中はいともあっさりとゴールテープを切っていた。それから二秒ほど遅く、俺は生まれて初めてゴールテープが張られていない場所を駆け抜け、生まれて初めての二位となった。

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