お題で執筆!!
そんな訳で毎週文芸部のメンバーで集まって、お題に沿った短編のプロットについて意見交換したり、二週目以降は完成させた短編について感想を言い合ったりしていた。
一周目のお題は「試験」。プロット作りの段階でほかの部員からアドバイスがもらえると、執筆未経験の翔太でも思いのほかスムーズに短編を書き上げることが出来た。
テストあるあるをコミカルに書いたのだが、期末テストが終わったばかりな上に、自分だけでなく部員のみんなからもネタをもらえたので、翔太自身も面白いと思える作品となった。
仲間うちではない読者のコメント付きレビューも一件もらえて、「執筆活動、結構楽しいじゃん」と翔太は内心思ったが、そんな感想を素直に成瀬部長へ伝えたらカクヨムコンテスト長編の参加まで求められかねない。だから部長からコメント付きレビューをもらったことへの感想を求められても、翔太は「えぇ、変わった人もいるもんですねぇ」とお茶を濁してその場をしのいでいた。
二週目のお題は「雪」。当初は雪魔法の異世界ファンタジーを書こうとして翔太だったが、桃花にあれこれと突っ込まれてあえなくご破算に追い込まれる。結局、小学生の頃に地元の子供会で長野県へスキーへ行った時の思い出をエッセイ風に書くこととなった。
一緒にスキーへ行った桃花が当時のことをよく覚えていたので翔太も書くネタには困らなかったが、半分思い出話を語るような短編になってしまいレビューもつかず翔太としてはちょっと残念な結果で終わっている。
そんなこんなで迎えた第三週である。お題は「つま先」。成瀬部長と塩野副部長の二人は面白がっていたが、未経験者の三人にとってはなんとも書きづらいお題だった。
ゆず : 陸上とつま先は関係がありすぎて逆に執筆しづらいー!
桃花 : 試験→雪と季節に沿ったお題が続いたのに、つま先って……
翔太 : カクヨムの担当者が最近つま先をぶつけたからお題に選んだとか
桃花 : 翔太じゃないんだからもっと真面目な理由があるでしょ
翔太 : でもつま先っておかしくないか?何書けばいいかわからん
桃花 : 私もすぐには思いつかないかも
一年生のSNSグループも困惑気味で迎えたお題「つま先」だったが、文芸部の集まりのある日の前日の夜、ゆずと桃花はどうにかプロットを作れたとSNSグループに報告が上がっていた。
(俺だけまったく書けてない……)
別に書けなくとも成瀬部長をはじめとして翔太を責める部員(桃花除く)はいないだろう。そのことは翔太もよく分かっているが、未経験者三人のうち翔太だけ出遅れてるのだから、焦燥感に苛まれるのも無理はなかった。
白紙のプロットのまま文芸部の集まりの日を迎えた翔太は、気もそぞろに他の部員の発表や話し合いに参加していた。
「今回、私が書こうとしてる短編のタイトルは“つま先で描く夢”です!」
一年生の発表は佐藤ゆずから始まった。佐藤ゆずは普段から前向きでポジティブなオーラに溢れてるが、正月のせいか一段とキラキラしたオーラで満ち溢れている。よく分からない神社に初詣いくよりもコイツにお参りしたほうがよほどご利益あるんじゃないだろうか。
「一歳の妹がいるんだけど、
(いつもの陸上ネタだけど、結構良いじゃん。)
本人曰く国語を苦手としているらしいが、書き上げた短編二作品は、ラノベ専の翔太にとっても結構面白かった。今回の短編も、お題“つま先”をうまくプロットに落とし込めている気がする。
(ヤベーーー!まじで俺だけ何も出来てないんだがっ!)
他の部員が佐藤ゆずのプロットについて意見を述べているが、どれも好意的なものばかり。焦りのあまり半分以上翔太の頭に入って来ないが、それでもいい感じに盛り上がってることくらいはわかる。
次の発表は群雲桃花だった。ご近所同士いつものように桃花と翔太の二人で成瀬部長宅に向かったのだが、道中桃花がプロットをちゃんと書けたのかしつこく聞いてくるのを、翔太が無視してたら桃花が怒り出してしまった。そのまま和解せずに文芸部の集まりが始まってしまったので、ちょっと気まずい。
「私が今回書いた短編のタイトルは“長靴を踏みしめて”です。主人公である東京の女子高生が正月休みに能登震災の復興ボランティアへ参加するのですが、その動機は参加実績が大学の総合型選抜に有利になればいいという俗物的なものでした。そんな気持ちで参加した主人公ですが、長い旅路の末にようやくバスが被災地に到着し、バスを降りてからボランティアセンターに行くまでの僅かな距離でローファーの靴はぬかるみで
桃花はいつも通り立て板に水を流すようにスラスラと説明していく。プロットどころかすでに短編を書き上げていて、その場で文芸部のサーバーにアップしていく。
(桃花は何をやってもソツなく、どころか優秀の域まで行ってしまうんだよなぁ)
幼なじみとして誇らしい反面、自分が得意としてきたラノベオタクの地位まで脅かされそうで憂鬱になる。
(ラノベの読み専のプライドってやつ?改めて言葉にするとしょうもない気がする……)
桃花がこれまで書き上げた作品は文芸寄りでラノベらしいものはなく、今回の執筆活動を通じてもおそらくラノベは読んでいない。ラノベの知見で競うならば依然として翔太の方が詳しいだろうし、本来競うような話でもない。
ただ、なんでも出来る幼なじみの桃花と長年一緒にいると、ともすれば翔太の自尊心が減っていくのもまた紛れもない事実だった。翔太は小学生高学年くらいまでは桃花に淡い好意を抱いていたが、高校生となった今、カップルとしての釣り合いが取れないことくらいは弁えている。
(どんな男と付き合うのやら。何人もの告白を断っているらしいけども)
整った顔立ち、大きな瞳、長く艶やかな髪。ややクールで大人びた印象を与える優等生。翔太からすれば世話焼きのちょっと口うるさい、くだらないことでも笑ってくれる幼なじみだが、周りのクラスメートからしたらいわゆる学年のマドンナって奴らしい。
翔太がそんなとりとめもない思考を続けていると、いつの間にか桃花の発表は終わっていた。
「次は武内翔太の番だな。どうだ、プロットはできたか?苦しんでるようだが」
とうとう自分の番が来てしまった。打ち合わせの最中もプロット以外のことばかり考えてしまう自分に嫌気が差す。素直に出来てないと言えばいいと頭の片隅ではわかっているのに、それを認めることがなかなかできない。頭がカッーと熱くなるのを感じながらも、桃花にプロットが出来てないことを話せずケンカになったことを思い出す。
(桃花にはどうしても素直に言えなかった。けど、部長やみんなにはどうなんだ?)
好きなラノベを部長達と語り合えてめちゃくちゃ楽しかった。佐藤ゆずにオススメのラノベを勧めたら読んでくれて嬉しかった。文芸部のみんなは、プロットが出来なかったくらいで責め立てたりはしない。
(ここは誤魔化してる場合じゃないよな)
翔太は深呼吸を一つする。さっきまでの頭に血が上った状態が少し落ち着いた。
「……まだ、思いついてない、です」
場が一瞬の沈黙したのち、成瀬部長がおもむろに口を開く。
「そうか。なら、少し目先を変えるとするか。文芸部全員で初詣に行こう。もともと全員の発表の後に行こうと思っていたしな。」
「……うっす」
「つま先ってお題難しいよね!私も妹がつま先立ちしてくれなかったら書けなかったかも」
「三浦半島のつま先を舞台にしたらどうだ。相模三浦氏の滅亡は熱いぞ!」
「……あと三日あるし、わたしも手伝うわよ。」
口々に翔太を慰めたり励ましたりする文芸部の部員達。変に誤魔化さなくて本当によかった。そう思いながら、翔太は文芸部みんなと初詣へ出かけるのだった。
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