第5話シナリオ

夏。いつも通り旧校舎の裏庭でのんびりしていた織羽はふと、屋上から利駆の姿が見えることに気がつく。彼女の雰囲気に異様さを感じた織羽は、重い腰を上げ、屋上に通じる階段を昇りに旧校舎へと入って行く。織羽が声を掛けると、「ここなら一人になれるかなと思って来ました」と言う利駆。織羽が飛び降りるつもりかと問うと、利駆は全身で否定する。その様子に織羽が思わず吹き出すと、「笑ったところを初めて見た」と微笑まれる。


「夏はどうにもダメなのです……」


 ぽつぽつと語り始める利駆。両親を亡くしたのが夏だったこと。葬式が行われたのが暑い日だったのをよく覚えていること。自分は駆け落ちの末産まれた子なので、父方も母方も親戚は頼れないこと。故に、茜の家に居候させてもらっていること。蝶野家の人たちが利駆を引き取ったのは、同情ではなく世間体のためなのだと、いつしか気づいてしまったこと。


「だからどうしても、この時期になると【独り】を感じてしまって。いけませんね、もう小さな子どもでもないのに」


 おどけたような調子で殊更軽く言う利駆の様子に、彼女の表情が作り笑顔だということに織羽は気がつく。墓参りに行けば故人を感じられるのではと言う織羽に、両親の墓はないと答える利駆。


「お金を貯めて、二人のためにお墓を建てるのが、わたしの夢なんです」


 両手を合わせ、ささやかな夢について話す利駆の表情は、まるで初めて秘密を打ち明けるように少し嬉しそうで、先ほどまでとは違って仮面ではなく、本物の笑顔だった。その様子を見た織羽は、アルバイトをすれば良いと提案する。許可を得るのが難しいのではないかと渋る利駆に、「どうせ後悔するなら、何もしないでするより、何か行動起こしてからしろ」と織羽は迫る。


 その後、利駆が蝶野家や学校の先生に相談し、就業先探しを始める時にも、織羽は黙って彼女のそばにいた。常の彼ならば、率先して誰かに助力したりしないところだが、一生懸命紙面で条件を比較したりする利駆に付き合っているうちに、こんな自分も悪くないと思うようになってきていた。最終的に利駆の選んだアルバイト先は、個人経営の小さな喫茶店で、学業にも融通の利く有り難い場所だった。


 まもなく始まる夏休み。利駆にとって高校に入って初めての夏は、アルバイトに明け暮れることになりそうだった。

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