第5話シナリオ

研究所をいつも通り襲うレグルスが、ふと辺りを見回すと、そばにいるはずのミレアの姿がない。不審に思い、今倒した研究員が最後の一人であることを確認しつつ、入口へ戻ると、そこでミレアはしゃがみこんでいた。レグルスが名を呼ぶと、ミレアはぎこちなくも顔を上げる。レグルスは彼女の側に行くために、入口に設えられた数段の段差をカツカツと靴音を立てつつ降りてゆく。


「何を、している?」


 彼女は花を抱えていた。目の前には、盛り上った土。そこに、彼女が抱えているものと、同じ花が添えられていた。花が供えられているのは、レグルスがつい先刻殺めた者たちの屍だ。ミレアの意味ありげな行動に、目元を少しだけ動かしてレグルスは問う。


「それは、俺への当てつけか?」


 ミレアは意味がわからないと言いたげに首を傾げる。


「俺に対する抗議かと、きいているんだ。研究員を殺すことに、異議があるのか?」

「……違うよ」


 小さく、だがハッキリとミレアは主張した。このところ舌足らずな喋り方も格段に改善され、自らの意思も明確に表明するようになってきた彼女は、再度念を押すように、違うよ、と言う。


「違うよ。ただ、死んだ人には、ちゃんとしてあげなきゃ、いけないの。お祈りのしすぎも、その人の、魂、引き止めちゃうから、駄目だけど。でも、私は、こんな風に、して、もらえなかった。お父さんに、『天国へ行くんだよ』って、言って、もらえなかった。だから、死んだのにまだ、こうしてる。天国どころか、地獄も逝けない。そんな人、私の他に、創っちゃいけないの」


 レグルスは非常に驚いた。ミレアの持論はもちろんだが、なにより、彼女の口から出た【父】という存在。今のミレアに、肉体としての実父の記憶はないはずだった。だが、今の彼女の口ぶりではその位置づけどころか、死後自分がどのように扱われていたかまで正確に把握しているように思われる。これではまるで、生前の記憶まで保有しているかのようだ。そうなると、肉体が実父の存在に未練を抱き、無理やり埋め込んでいる擬似的な魂が右目から剥がれてしまうおそれがある。推測される最悪の結果は、ミレアの二度目の死だ。


「ね?」

「あぁ……そうだな……」


 徐々に近づく綻び。言い知れぬ悪い予感に、自分でも知らぬうちに一抹の不安を覚えていたレグルスは、なんとかそうとだけミレアに返した。


 それから後、荒らされた研究所には、必ず華が供えられるようになった。

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