第4話シナリオ
それは食事を摂っていた時のこと。匙に一掬い料理を口に含むと、それきりミレアが固まった。レグルスが怪訝に思い始めた頃、漸く咀嚼すると、ミレアは告げる。
「味が、わかる」
「今までそんなに味付け薄かったか?」
レグルスは味を確かめるが、いつもと変わった濃さでも無い。
「何、も、感じなかった」
「は?」
「今まで、【味】、が何か、わからなかった。今、やっと、わかった。これが、【味】……」
レグルスが発言の意味を理解しかねていると、ミレアが続けて言う。
「景色、とか、熱いとか、寒いとか。味みたいなの、いっぱいあると、頭、スッキリする気がする」
相変わらず要領を得ない発言だが、レグルスはそれとなく頷いておくことにした。
「でも、時々、見えない。見えないの、嫌」
「見えない時はどうしてたんだ?」
「なんとなく、わかる」
見えなくとも感覚的にわかる、と言いたいのだろう。今のミレアの本体は右目に封印された擬似的な魂で、肉体の機能はあくまで補助的なものに過ぎない。視力がなくとも単純な移動くらいならできるのかもしれない。だがそれが動きの支えをしているのも事実で、普通に歩いているようで妙に転び易い時があるのは、恐らく視覚が麻痺している時だったのだろう。
「次からは、見えない時は俺に言え」
「何故?」
「今のミレアは不完全だ、その【なんとなく】の感覚も正確とは言い切れない。そのままじゃまたいつ転ぶかわからない。だから、ちゃんと俺に言うんだ。わかったか?」
「ん。よくわからないけど、わかった」
「それでいい。忘れるな」
コクリと首を縦に振ったミレアに満足し、レグルスは半ば独り言ちるように続ける。
「その内感覚全てがまともになって、五感として安定するはずだ。今はまだ、慣れずとも」
「ほんと?」
「嘘かもしれない」
レグルスの切り返しに、ミレアは思わず珍妙な顔のまま固まる。レグルスとしては至極誠実な返答のつもりだったのだが、ミレアが黙りこくってしまったのを見て取り、少し思案するとこう言い直した。
「お前に関する全てにおいては、不確定要素が多すぎる。だから断定出来ない。だが……恐らくは、楽観的に見て問題ない」
「オソラク」
「あぁ。恐らく、だ」
それを聞くと、数度首を揺らしたミレアは再び食事を開始した。皿の上の料理は少し冷めていた。今の彼女には、この温度がわかるのだろうか。そう思いながら、レグルスも少女に倣い、静かに食事を再開させた。
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