第3話シナリオ
歩く、という感覚が、未だ上手く掴めないのか。少女の歩みは、相変わらずよたよたと幼稚な型を抜け切らないでいた。少女の速度や歩幅に極力合わせても、レグルスはつい少女を置いてきぼりにしがちだ。歩行に不慣れなままの少女に、時々レグルスが立ち止まり、開いてしまった距離をその都度清算することは、既に互いの間で暗黙の了解となっていることだった。
いつものように、レグルスが気を配って少女に歩調を合わせていた時のこと。ふと、レグルスが違和感を覚え、その方向に目を向けると、少女がクイクイ、と、コートの裾を引張ってきていた。 か細い声で何か言っているのをなんとか聞きとめるも、残念ながら、レグルスには彼女が何を言いたいのかわからなかった。
だが、じっと見つめてくるその瞳に、少し経ってから少女の意図を察した。元は少女の胸に付いていた、金属質の冷たいプレートの文字を読み取り、少女の求める答えを推測する。
「ミレア……恐らく、な」
「ミレア……オソラク……」
「……【オソラク】は要らない」
それから暫く「ミレア、ミレア」と繰り返すと、少女・ミレアは、薄く口を開き、うんうんと納得したかのように首を振る。まるで脳に刻み込むかの如くその名を口にし続けるミレアの頭を、レグルスは静かに撫でてやる。コクリと一つ頷くと、ミレアは再びレグルスのコートをクイクイ引張ってくる。
「わたし、ミレア。アナタ、何?」
恐らく今度はレグルスの名を尋ねているのだろう。レグルスは数瞬、どうしたものかと思案したが、結局素直に思った通りのことを伝えることにした。
「俺は、レグルス」
「レグルス」
「……それ以上でも、それ以下でもない」
「……レグルス」
口に出して再度確認すると、少女は至極満足そうにフンフンと唸った。そして次に、もう用は済んだろうと言わんばかりに再び先を進み始めたレグルスを追いながら、息を弾ませ問うてくる。
「ミレア、レグルス、仲良し?」
「さぁな……お前はどう思う?」
ふ、と軽く嘆息し、仕方なしに無難な答えを選ぶと、途端にきょとん、と呆けるミレア。
「まだ、早い。わからない」
そう答えた時、【ミレア】は再び生まれた。レグルスも気づかぬうちに、新たな自我は、少女の中に確実に芽生え始めていたのだ。
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