第1話シナリオ
魔法を研究する施設、【魔道術式研究室】。その三つ目、略称で魔研所第三室と呼ばれるその最奥に、多くの管に繋がれた少女が存在していた。少女の右目は、何か白い布のような物で覆われていた。左目は床を見ているようで、その実瞳には何も映してはいない。端から見ると、呼吸をしているかどうかもわからない。
その少女の前に、一人の男がいる。男はこの第三室の室長だが、少女の父親でもあった。彼は娘に対して何かをブツブツ呟いているが、その実、目の前の少女にではなく、どこか遠く、別の幻影に対して笑みを向けているのだった。
恍惚とした表情で少女の顔を見つめる男のもとへ、部下の一人が慌しく駆け込んでくる。部下は左肩口から袈裟懸けに、何か鋭利な刃で斬り捨てられたかのような傷を負っていた。急を告げる部下だが、全てを言い終える前に、血飛沫を上げながら床へ倒れ込んでしまった。その返り血を受けながら、この部屋の入口に佇むんでいたのは、一人の青年だった。それは、【魔荒し】と呼ばれる者だった。
男は妙に冷静な頭の隅で、まさかこれほど若いとは、と、どこか状況にそぐわない感想を抱く。と、突然視界が暗転する。男は何が起こったのかわからないまま、気付けば先の部下同様、床に倒れ臥していた。脈動が厭に体に響き、血が全身から流れ出してゆく。このような事態になってなお、やけに冷めていた男の脳は、次の瞬間焦燥の色に支配される。
青年の足が奥の少女のもとへ向かったのだ。倒れる男の体を越え、数多の管の下に居る、ただ存在しているだけの少女へ近づく。ここに来て初めて感情が恐怖に染まり、男は青年の足を渾身の力で掴んで引いた。
「駄目だ……その、娘、だけは」
掠れる喉に鞭打って、懸命に荒く息を継ぐ男。その姿を、青年は冷淡な目で見下してくる。そして、非情にも最後の一撃を加えると、無言で踵を返し、再び少女に対峙した。少女の虚ろな顔は、ピクリとも動かなかった。この部屋で今、何がどう起こったかなど、全く感知していない様子だ。生きている、とは言い難い。だが、死んでいるともまた言い切れない。それが、青年の抱いた印象だった。青年は徐に少女の脇へと腕を伸ばし、ゆっくりと彼女を持ち上げた。動きに合わせ、少女に伸びた無数の管が、ブチブチと無機質な音をたてて小気味良く切れてゆく。
「お前もまた、人形か」
青年はそのまま少女を横に抱き抱え、惨状と化した研究室を後にした。
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