第13話 対応力
試験場でオリベルとギゼルが対峙する。両者の瞳には違いがある。一方は闘志に燃え、他方は相手を興味深そうにその瞳をのぞかせている。
「はじめ!」
その瞬間、会場内に今までで最も濃い威圧感が溢れ出す。その威圧感の中心に立っているのは荒々しくうねる赤色のオーラを身に纏ったギゼルの姿があった。
「お前の身体強化魔法はそれか」
「そうだ」
荒々しいギゼルのものとは対照的にオリベルの全身には真っ白で整ったオーラが均一に纏われている。その一糸乱れぬ様子はまさに「静」の身体強化魔法と呼ぶべきものであった。
しかしそれがギゼルには気に入らなかった。魔法は各人の感情と大いに連動する。オリベルのそれは戦いに身を投じるならば気持ちを滾らせてなんぼというギゼルの考えとは真反対であった。
「手を抜いているわけではなかったのか。ならば少しガッカリだ」
爆発的なオーラが会場内に充満した刹那、ギゼルの姿が二重にブレる。そして常人では理解できない程の速さでオリベルの目の前へと現れるとその手に持つ大剣を思い切り振りかざす。
対するオリベルは冷静にそれを見極め、躊躇いも何もなくスウッと静かに剣を走らせる。
「馬鹿な」
両者の剣が交差しせめぎ合う。互いの力は誰の目から見ても均衡しているように思えた。だがギゼルの顔には少し焦りの色が浮かんでいた。
考えてみればギゼルが助走をつけて叩きつけた大剣を予備動作すらなくただその場で振り抜いただけのオリベルの細い剣が止めたのである。
「ふむ、面白い」
長引くと分が悪いことを瞬時に理解したギゼルは大剣に無理やり力を入れて弾くと後方へと飛びさがる。
「まさかこれほどに強いとは予想外だ。少し焦った。認めよう。君の身体強化魔法は俺を超えている。だが……」
ギゼルがそう呟いた瞬間、空中に水の玉が生み出されたかと思うとそれがギゼルの周辺を回っていくうちに徐々に荒々しい水流が生まれる。ギゼルの適性属性は水属性だ。
一般的に水属性の使い手には繊細な魔力操作で相手を翻弄する者が多いのだがギゼルは違う。生み出す凄まじい勢いの水の流れは岩をも穿つ。その圧倒的破壊力によって相手を攻撃するのだ。
「属性魔法では俺の方が勝っている」
冒険者時代、ギゼルよりも水魔法の扱いに長けている者は居なかった。だからこその自信。自分よりも強い体を持つ魔獣相手でも水魔法を使って倒してきたのだ。身体強化魔法で負けていようが属性魔法で勝てばよい。
「付いてこられるかな?」
そう言った瞬間、ギゼルの周囲に浮かんでいた水流がオリベルに向かって打ち出される。一本目、二本目、三本目と次から次へと打ち出される水流を躱しながらギゼルの方へと迫っていく。
着実に縮まっていく二人の間。しかしそれを見てもギゼルは焦ることなく水流を打ち出していく。オリベルがあと一歩でギゼルへとたどり着く瞬間、ギゼルの口端がにやりとする。
「嵌まったな」
その言葉と同時にギゼルの上空に蓄えられていた大きな水玉がオリベルに向かって打ち出される。無数の水流を放つことにより、密かに作り上げていた水玉の存在に気が付かないようにしていたのだ。
それだけではなく水流によって最も当てやすい場所へとオリベルを誘導し、そしてそれが見事に決まった瞬間であった。
「くそ!」
オリベルが気が付いた時にはもう回避する余裕などなかった。ならば彼のとる行動は一つである。手に持つ剣を上空に向かって振りかざそうとした瞬間、脇腹へと突き刺さるような衝撃が走る。
「だから言っただろう? お前には対応力が足りないと。戦闘の勘が無いからこんなに初歩的なことにも気が付かない」
最初の水流はフェイク。上空から振り下ろされる巨大な水玉もフェイク。水玉に気を取られたオリベルの側面から水流を当てるのが真なる本命であった。
思わぬ一撃に振りかざそうとした剣がオリベルの手から零れ落ちる。それと同時に巨大な水玉がオリベルへと降り注ぐ。
水玉はさながら水流で出来た爆弾である。中に渦巻く水流がひとたび衝撃を受けて解放されれば劇的な破壊力を生み出す。
弾けるような音が聞こえた後に、オリベルの体は試験場の壁へと吹き飛ばされていく。
「痛った」
「これで終いだ」
吹き飛ばされたオリベルの体に容赦なく大剣が振り下ろされる。剣を失い、ダメージを受けた体ではもはや回避する手段などある筈もなかった。
凄まじい音を立てて振り下ろされた大剣はオリベルの頭上でピタリと止まる。ギゼルの勝利が確定した瞬間であった。
「勝者ギゼル!」
セキのその一声でギゼルは大剣を仕舞い、オリベルへと背を向ける。ただ、勝者であるというのにも関わらずギゼルは不満そうな顔を浮かべていた。
その理由はただ一つ。オリベルがこの試合ですら属性魔法を使わなかったことにあった。オリベルが属性魔法を使えないことを知らないギゼルは手を抜かれたと思い不満だったのだ。
「なぜ属性魔法を使わない。途中の水流も最後の大剣だって防げたかもしれないだろう?」
「……属性魔法を使わないんじゃない。使えないんだ」
「そうか。なら使えるようになった時、また相手をしてやる」
それだけ言うとギゼルはオリベルの目の前から立ち去る。オリベルも立ち上がってトボトボと二階へと向かう。
「オリベル」
二階へ上がるとオルカが心配そうな顔を浮かべながらオリベルの方を見ている。しかしオリベルは今オルカと顔を合わせたくなかった。自分の顔が今酷い顔になっているのが明白だからである。
「あはは、負けちゃった」
顔をパンパンと叩くと無理やりに笑ってオルカに話しかける。それがオリベルが現状とれる最良の方法であった。
「……これで拭いてください。風邪ひきますよ」
「ありがと」
オルカもオルカで何と言えば良いのか分からず取り敢えず濡れているオリベルへとタオルを差し出す。
敗北の味、初めてのそれはオリベルにとって最も来てほしくないタイミングで来るのであった。
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