第10話 真の目的

「お二人とも何かあったのですか?」

「いえ、何もありません」


 晩御飯に呼びに来たアーリに尋ねられたオリベルは明らかに顔を腫らしておきながら何もないと言い張る。

 オルカにとってもオリベルにとってもあまり人に知られるのはよろしくない内容であったからである。


 あの後、オリベルは床に頭をつけてまで謝った。

 結果的にオルカは少し恥ずかしかったけど問題ないとして許してくれてはいたが、その後の対応はどこかぎこちなさが残っていた。

 それもそうだろう。いくら世間に疎いとはいえ異性に裸を見られたのだから年頃の女の子が恥ずかしがらないわけがない。


 それにこうなったのはオルカが一緒の部屋で良いと言ったことが大いに関係していることからあまりオリベルの事を責められないでいたのだ。頬を叩いてはいるが。


 そんな事はつゆ知らぬアーリは来た時とは明らかに変化した二人の間に流れる空気感に首を傾げながらにも業務を遂行する。


「そうですか。まあ深くは聞きませんけども。では晩御飯ができましたので一階まで来て下さい!」


 アーリに言われ下へ降りる二人。相変わらず芳醇な香りが漂ってきて二人の食欲を掻き立てる。


 銀の蓋がしてある食事の前へと座る二人。


「美味しそうです」


 あまりに美味しそうな香りに最早先程のことなどすっかり忘れ去ってそう漏らすオルカ。


 オリベルもそれは同じで、今すぐにでもこの銀の蓋を取り去ってかぶりついてしまいたいくらいであった。


「それではお二人の明日の入団試験の合格を祈りまして、シェフ特製願掛け定食で御座います」


 銀の蓋が取り除かれた二人の目の前に置かれていたのは海老や鯛などの祝い事に使われる食材達で作られた様々な料理である。


「あの値段にしては豪華すぎませんか?」

「うん、そうなんだよ。ちょっとおかしいんだよね」


 一度経験しているオリベルですらこの量は驚く。どれも食べようと思えば銅貨10枚は下らないはずだ。


 昨日オリベルが聞いた時には故郷の人達が特別に安く卸してくれるのだそう。それにしても破格の値段ではあるが。


 二人して試験で朝から何も食べていないため、料理がどんどんと胃袋の中へと仕舞われていく。


 その中でオリベルはオルカの所作を見て感嘆する。オリベルのような付け焼き刃で身につけた所作ではなく幼い頃から教育を施されたであろうものであったからだ。


「オリベル、あなたが騎士団へ入団する理由は本当にステラ様に会いたいからなのでしょうか?」


 食べ物を口へ運びながらオルカが尋ねる。どうしても信じられなかったのだ。試験場で一人佇んでいたオリベルの瞳にはそれ以上の理由があるように思えてならなかった。

 だからこそオルカは第三部隊に入ればステラに会えるのか、というオリベルの呟きに失望し思わず話しかけてしまったのだ。


 対するオリベルはそう聞かれた直後、一瞬本当のことを言うべきか迷う。

 他人の死期を見る能力を持つなど誰が信じられようか。そしてまさか英雄の死期があと一年もすれば訪れることなど信じられるはずもない。


「僕は……英雄様を助けたいんだ。そのために騎士団に入りたい」


 少し逡巡した結果、オリベルはそう口にする。漠然とそう答えたオリベルの顔には断固とした覚悟があった。


 それを聞いたオルカは少し驚く。


 英雄の手助けがしたい、英雄と会ってみたい、英雄と共に仕事がしたい、そんな声は聞いたことはあるが、英雄を助けたいなどという言葉を聞いたのは初めてだったからだ。


 普通ならばそんなことを考えるのすら烏滸がましいと非難する者が居る中、この少年はそれを恥ずかしげもなく言い切って見せた。その態度をオルカは少し好ましく思うのであった。


「……そうですか。英雄様を助けたいなど烏滸がましいですね」

「うるさいな。僕だって……」

「ですが」


 オリベルが反論しようとしたのをオルカが遮って続ける。


「私は好ましく思います」


 微笑みながら向けられたその言葉にオリベルは少し胸の鼓動が早くなるのを感じる。

 氷の仮面に垣間見える彼女の素直な心がオリベルにとって魅力的に写ったのだ。それは赤い数字越しでも感じ取ることのできるものであった。


「あ、ありがとう」

「ですがあなたの三回戦目の相手は今回の試合を見ていた感じだとどうやらあのギゼルのようです。せいぜい頑張るのですね」

「え? ホント?」

「まあまずあなたが二回戦目に勝てるかは知りませんけど」 


 食べ終わった食器を片付けたオルカは悪戯な笑みを浮かべながら席を立つ。そして食器を慌ててやってきたアーリへと手渡すとオルカは部屋へと戻っていく。


「三回戦目がギゼル……」


 試験会場でのことを思い出す。ギゼルとは水色の髪に赤色の瞳が特徴的な少年である。

 言うまでもなく優勝候補の一人だ。三回勝てば騎士団入りが確実になるこの試験においてそのタイミングで優勝候補の一人と当たることとなった運命を恨みたくなる。


「ガッカリしてても仕方ない。僕は僕にできることをやるだけだ」


 そうしてオリベルも食事を終え、部屋へと戻るのであった。

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