第5話 試験会場

「あ~、いい湯だった」


 風呂から上がり、着替えるとそのままベッドの上に座る。ここまでの道のりでかなり消耗していたオリベルにとって小さい湯舟ではあったものの天国にでも上るかの如く心地よいものであった。


 窓の外はすっかり夜も更け、一日の終わりを感じさせるような静けさを演出している。


 ゆったりと気分良く座っているオリベルの部屋にコンコンッと扉をノックする音が響く。


「オリベルさん、晩御飯の用意が出来ましたので下まで来てください」

「はい」


 アーリの催促に一言返事をすると、オリベルは食堂のある一階へと向かう。

 階段に足を踏み入れた時点で料理の良い香りがオリベルの鼻腔をくすぐる。その匂いがオリベルの食欲をより一層加速させる。


 オリベルが一階に降りるとアーリが食事の置かれている席へと案内をする。まだ料理の上には銀色の丸い蓋がかぶせてあるが、発する匂いはまさに絶品であった。


「それではパパ特製スタミナ料理です! ご堪能あれ!」


 アーリの手によって銀色の丸い蓋が取り除かれ、オリベルの目の前にどでかいステーキが置かれている。そしてその横には汁物も添えられていた。


「す、すごいな。こんなご馳走をいただいちゃって良いの?」

「当然ですよ! だってお客さん、明日騎士団の入団試験を受けるのでしょう? だったらたーんと食べないと!」


 猫耳を揺らしながらアーリがそう言う。実は疲れ切っているオリベルを見たアーリが宿屋の主人である自身の父親に口添えをしてくれていたのだ。


「ありがとう。それじゃあ」


 用意されたフォークとナイフを手に取り、器用に口へと運ぶ。この辺の作法は王都に出ても恥ずかしい思いをしないようにとマーガレットから教わっていたのだ。


「うん、旨い」


 噛みしめるたびに湧き出す肉汁にオリベルは思わず笑みが零れる。程よい塩味、そしてジューシーでいて全くくどくない甘い脂がソースと絡んで旨味を際立たせている。


 そしてスープはというと優しく奥深い味わいでオリベルの疲れた体を癒していく。


「満足してくれたみたいで良かったです」

「うん、大満足だよ! まさかこんなに良い晩御飯が出てくるとは思わなかった」


 どう考えても銅貨10枚くらいはしそうな料理だというのにこれも含めて更に朝ごはんもついて一泊銅貨25枚だ。破格と言っても過言ではないだろう。


 オリベルも初めて村を出た身でありながらそう感じている。そして同時に何故この宿屋が人気ないのかが疑問であった。


「こんなことを聞いて悪い気をしたら申し訳ないんだけど、どうしてこんなにお客さんが少ないんだ?」

「単純に中心部から遠いからですかねー。それに他の宿屋さんよりも少しお高めですし」


 そう言われてもオリベルは納得できなかった。中心部から離れるとはいえ、歩いて30分程しか離れていないし、高いとはいえ精々銅貨5枚程度の差である。


「ふーん、そんなものなんだ。ごはんは美味しいし、サービスも凄いのに」

「そう言っていただけるとありがたいです!」


 それからオリベルはアーリと話を続けながら食事を進めていく。

 あっという間に平らげると、アーリとおかみさん、厨房で働いている主人に感謝を告げてオリベルは自室へと戻る。


 自室へと戻ったオリベルは部屋のベッドの上で剣を取り出し、手入れを始める。

 こうした手入れを怠ってしまうといざというときに切れ味を発揮しないため、マーガレットに渡されてからというものオリベルは毎晩剣の手入れを怠っていない。


「よし、綺麗になったな」


 手入れの終わった剣を満足げに眺めると、剣を仕舞い、ベッドへと寝転がる。明日は早いため、もう眠りにつくつもりなのだ。


「待ってろよステラ。僕が必ず……」


 言い終わる前にオリベルの意識が沈むのであった。



 ♢



 騎士団入団試験当日の朝、オリベルはすでに支度を終えて食堂にて朝飯を食べていた。

 昨日の晩飯に比べれば質素ではあるが、身体に染み渡る温かいスープが絶妙でオリベルのコンディションはこれ以上ない程に整っていた。


「お世話になりました! それじゃ」

「頑張ってねー!」

「頑張ってきてください」

「気張っていけよー!」


 猫耳の親子全員に見送られながらオリベルは宿屋を後にする。騎士団試験が終わった後も食べに来ようと密かに計画するほど、オリベルはその宿屋を気に入っていた。

 入るときにはあまり気にしていなかった宿屋の名前も今ではしっかりと覚えている。


「宿屋『キャッツ』か。昼間は食堂だけでもご飯処として開放してるらしいし騎士になっても食べに来たいな。せっかくだしステラも誘って」


 そんなこんなでオリベルは入団試験の試験場へと到着する。

 ウォーロット王国の騎士は他国とは少し異質な存在で、第一部隊から第十部隊までそれぞれに訓練所と寮が王国内に与えられていた。

 第一部隊から第三部隊までの訓練場は王都にあり、試験場は第一部隊の訓練場で行われることとなる。


 門を抜けて訓練場の中へと入り、中にある広々とした試験場に到着する。

 試験場の見た目はよくある闘技場と似ており、一階部分が戦闘をする場所、そして二階部分が観客席のような場所になっている。


 オリベルが到着した時には既に試験場内は受験者たちで埋め尽くされていた。

 二百人はいるであろうその中から各部隊三人ずつしか選ばれない。ウォーロットの騎士団はそれほどの精鋭で構成されているのだ。


「……大丈夫。僕なら受かるはず」


 オリベルは受験生のあまりの多さに怯みそうになりながらもそう自分に言い聞かせて平静を保つ。

 この中にはオリベルのように独学の者もいればちゃんと養成学校に通ってきたエリートも居る。当然その中には有名人も居るわけで。


「おいおいあいつって冒険者のギゼルじゃないか?」

「本当だ。最年少Aランク冒険者っていうあの」


 オリベルの周囲でそんな言葉が聞こえてくる。オリベルも少し気になってそちらの方を向くと、水色の髪に赤い瞳をした青年が立っていた。


 巨大な大剣を軽々と背負っており、猛者の風格を漂わせている。


「あいつはあのセリューテ養成学校でトップの奴じゃなかったか? 名前は確かオルカだったか」


 次に注目を集めたのは黒い髪の毛に黒い瞳をした少女である。腰に提げている細身のレイピアが特徴的だ。

 セリューテ養成学校というのは王国で最も優秀な養成学校でありそこを出た者は最低でもAランク冒険者の実力はあると噂されている。


 その中で最も優秀な成績を収めたのが彼女であった。


「それにあの人は」


 そして最後に注目を集めたのは真っ赤な長髪が特徴的な青年である。彼の名はダグラス。

 若くして傭兵として名を上げた天才だ。彼もまた他の二人に負けないくらいに注目を浴びている。


「うわ~、強そうな人ばっかりだな」


 強者ぞろいの試験会場、今年は特に豊作であった。


 そんな時、試験会場の二階にあたる場所に十人の騎士達が現れ、試験場の中が更に騒がしくなる。

 それもそうだろう。現れた者は皆、第一部隊から第十部隊までの隊長達だからだ。


「静粛に!」


 黒髪の男性がそう一声を上げた瞬間、ざわついていた会場が一瞬にしてシンと静まり返る。彼は第一部隊隊長のセキ。


 王国最強の特殊部隊「神殺し」に今最も近い存在である。


「これより試験を始める! 試験はすべてトーナメント方式で行い、上位者から各部隊へと配属されていく! まずは自分の受験番号を確認してくれ!」


 言葉の通り、オリベルはさっそく自分の受験番号を確認する。受験票に書かれていた番号は100番ピッタリであった。


「今からトーナメントの組み合わせを空へ表示する。左から順に試合を始めていく」


 セキがそう言った瞬間、空中に大きなトーナメント表が出現する。セキが魔法によって作り出したのだ。オリベルの番号は十試合目に記載されていた。


「それでは第一試合と第二試合の受験者は一階に残り、他の受験者たちは二階の座席で座って自分の番を待ってくれ」


 こうしてオリベルの待ちに待った入団試験が開始されるのであった。

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