第4話 成長した少年

 ステラが旅立ってから五年が経過した。王国ではすっかり英雄の後継者の噂は広がっており、オリベルの暮らす村にも届いていた。


「オリベル、もう行くの?」

「うん!」


 マーガレットに尋ねられたオリベルは元気よくそう返事をする。明日、王国の騎士団への入団試験があり、それを受験するためにオリベルは今日村を出るのだ。


 ステラと約束したあの日から元冒険者である母マーガレットに特訓をつけられたオリベルの体は以前と比べて強靭に逞しく育っていた。


 オリベルの背中には父の形見である剣が背負われている。


 靴を履き、ガチャリと扉を開けると目の前にはすでにオリベルの門出を祝う村人たちが集まっていた。


「オリベルまで行っちまうとはなぁ」

「ステラちゃんによろしくな」


 村人たちが口々に声をかけてくる。中には弁当を作ってきてくれた村人も居てオリベルが肩から提げるカバンに詰め込んでくれる。

 そんな光景にオリベルは少し名残惜しさを感じるが、王都に行くという決断を覆すことはない。なぜならオリベルには10歳の頃に交わした約束があったから。


 村人たちに囲まれる中、オリベルのもとへ歩み寄ってくる中年の男性が居た。この村の村長、つまりステラの父親であった。


「ステラによろしく頼むよ、オリベル君」

「もちろんです」


 はっきりと告げるオリベルにステラの父親はにっこりと笑みを浮かべる。


「オリベル、しっかりね」

「うん! それじゃあ行ってくるよ!」


 マーガレットと村人たちに見送られながらオリベルは村を後にする。その後ろ姿の面影にマーガレットはちょっぴり涙を浮かべるのであった。



 ♢



 村から出て暫く経ち、オリベルはようやく王都へと到着する。村から馬車を呼ぶ手段がなく、朝に出発したというのに王都に着いた頃にはすっかり暗くなってしまっていた。


 オリベルはマーガレットに教えられたとおりに王都の門の前にある人の列へと並ぶ。ここで検査をしてから金を払って入場すると聞いていたのだ。


 金貨10枚と銀貨10枚、そして銅貨50枚が入った袋をカバンの中から取り出す。

 この金は訓練をしながら仕事の手伝いをしていたオリベルにマーガレットが渡した対価である。村から出ていくときに渡すと決めていたのだ。


 価値としては銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となる。入場料は銅貨二枚、そして食費は一食銅貨五枚程度であることを考えればかなりの金額である。

 ただ、王都での一人暮らしが始まればすぐに無くなってしまうためマーガレットからは口酸っぱく倹約するようにと言われていた。


「次の方」


 とうとうオリベルの番が来る。取り出していた袋から銅貨二枚を門番へと渡すと質問が投げかけられる。


「王都に来た目的は?」

「明日ある騎士団の入団試験を受けに来ました」

「何か証明できるものはありますか?」

「はい」


 そうしてカバンの中から騎士団試験の受験票を見せる。


「確かに受験票ですね。それではご入場ください」


 門番に言われるがままに手続きを済ませようやくオリベルは王都へと入場することに成功する。

 しかしここからもまだ試練は待っていた。試験は明日だ。今夜泊まる宿を今から探さなくてはならない。そして宿の場所をオリベルは知らない。


「取り敢えず町の人に聞いてみるか」


 普通なら門番に聞くべきだったのだろうが、忙しくしているためそんなことを聞く暇はなかった。したがって必然とオリベルの思考回路はそうなる。


 早速通りがかった中年の男性を見つけてオリベルは歩み寄る。


「すみません。今晩泊まる宿を探しているのですがどこにあるか教えてもらえませんか?」

「おっ、さては騎士団の入団試験を受けるつもりだな~。よしよし、そんな未来ある若者のためにおじさんが教えてあげよう」


 そうして親切にも手書きの地図まで渡してその中年の男性はオリベルへと宿の場所をいくつか教えてくれる。


「ありがとうございます」

「おう! 明日の試験、頑張れよ」


 教えてくれた男性にお辞儀をしてオリベルはさっそく教えてもらった宿へと向かう。

 まず最初に教えられたのは旅人定番の宿屋である。御飯が三食ついて一泊銅貨20枚と中々にお手頃な値段のためかなり人気があるらしい。


「すみません、本日はもう一杯でして」

「そうですか。分かりました」


 最も人気のある宿屋は敢え無く敗北。人気であるがゆえにすでに満室になっている場合が多いのだと聞いていたオリベルはさしてガッカリすることもなく次の宿屋に向かう。


「ごめんなさいね、満室でして」

「すみません、本日はもう満室となっております」


 立て続けに三つの宿が満室であると断られてしまう。流石にここまでくるとオリベルも焦ってくる。今晩泊まる宿が無ければ初めての王都の思い出が野宿になってしまう。


 それだけは何としてでも避けたかったオリベルは男性から教えてもらった最後の宿屋に願いをかける。


 見た目は普通の宿屋である。ただ木製で出来ているということにオリベルは妙に親近感が湧いた。


「すみませーん」

「はいはーい!」


 扉を開けて中へ入るとそこには頭の上から獣の耳が生えている少女が元気よく出迎えてくれる。オリベルが初めて見る獣人であった。


「今晩泊まりたいのですが空いてますか?」

「はいもちろん空いておりますとも! 空きすぎて暇だったくらいです! お母さーん! お客さん来たよー!」


 そう言って猫耳の少女がカウンターへと声をかけると、奥の方からおかみさんらしきふくよかな体系の女性が出てくる。

 その頭には少女と同じく猫耳が生えていた。オリベルは少女に誘われるままカウンターの前へと行く。


「いらっしゃいませ。食事付きで一晩銅貨25枚、食事なしで一晩銅貨15枚になりますがいかがしますか?」

「一晩食事付きでお願いします」

「今日の晩御飯からでよろしかったですか?」

「はい」


 ここに来るまでに村人からもらった弁当は食べてしまっていたため晩御飯も所望する。


「では銅貨25枚を」

「こちらでお願いします」

「……確かに25枚ありますね。それではただいまから晩御飯をお作りしますのでお部屋の方でお待ちください。アーリ、お客さんをお部屋に案内してあげて」


 おかみさんが少しの間、銅貨の枚数を数えた後にアーリと呼んだ猫耳の少女にそう言う。


「はーい、それではお客様。ご案内いたしますね」


 にっこりと笑みを浮かべた少女に一瞬心を奪われながらもオリベルは少女の後をついていく。


「見たところ王都に来たのは初めてですよね? 何をしにいらっしゃったんですか?」

「明日騎士団への入団試験があるのでそちらを受けに」

「騎士団ですか!? それは凄いですね!」


 そんなことを話しながら階段を上り、廊下を歩いていくとアーリがある部屋の前で足を止める。


「お部屋はこちらになります。それでは晩御飯までの間ごゆるりとお過ごしくださーい!」

「ありがとう」


 オリベルはアーリにお礼を言うと、部屋の中へと入る。六畳くらいの広さで窓側に清潔そうなベッドが一つ置いてある。

 灯りは真ん中に置いてあるランタンだけだ。早速ランタンに火をつけて、ベッドに腰かける。


「お風呂は部屋にあるのか」


 宿に風呂がついているのはかなり珍しい。トイレは共同だが、これで何故人がいないのかオリベルには疑問であった。

 そしてこの宿屋を教えてくれた男性が「ここは王都の人しか知らない穴場だ」と言っていた意味を理解する。


「晩御飯までお風呂に入ろうかな。汗も流したいし」


 そうしてオリベルは風呂へと向かうのであった。

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