第3話 餞別式
「オリベル、明日ステラちゃんの餞別式を開くそうよ」
「そう」
マーガレットに声を掛けられるもオリベルは元気のない声でそう返す。まるで七歳の頃に戻ったかのようなオリベルのふさぎ込み具合には理由があった。
先程マーガレットが口にした餞別式である。実はステラはあの日、騎士達からウォーロットの英雄の後継者であることが告げられたのだ。
その中でこうも告げていた。ウォーロットの英雄になるためには王都に来て最高水準の教育を受けなければならないと。
英雄の後継者を王のもとへ引き渡すのは国民にとっての誉れでもあり、義務でもある。なぜなら世界にはその者しか後継者が存在しないから。
そうしてステラは結局のところ王都へと連れていかれることとなった。その話が村長と騎士様の口から告げられた時、村中が歓喜に踊った。
なぜなら英雄の後継者を輩出した村には王国から多大な報酬が与えられるからである。
しかしオリベルは違った。王都はこの村から遠いところにある。そして成長してからも英雄としての仕事がステラには付いて回るのだ。もう村には戻ってこないことが決定したようなものである。
「……明日の式には出席しなさい。ステラちゃんもあなたが来ないと悲しむわ」
「分かってる」
暗く沈んだ声でオリベルは返事をする。以前のように顔を毛布へと埋めている。
ステラが王都に行くことが決まってから数日間、ステラとは出発の準備やら何やらで忙しくてずっと会えていなかった。こんなことはオリベルがステラと出会ってからは初めての事であった。
「……ステラ」
オリベルも分かっていた。別れの際にはきっとステラも笑顔で別れたいだろうと。自分ばかりが寂しいわけではない。ステラも寂しいのだ。
だからこそオリベルは沈み切った心を忘れようと試みているのだがどうしてもうまくいかない。
それほどにオリベルの中でステラの存在は大きかった。
「寂しいよ」
そう呟いた時にはオリベルの意識は遠のいていき、いつの間にか眠りについていたのであった。
♢
「ステラお嬢様の門出に乾杯!」
乾杯の音頭に合わせて皆がグラスを上げる。今日はステラが王都へと出向く日である。
村は英雄の出現に盛り上がり、皆が喜びあっている。一方でステラは胸中に複雑な気持ちを抱いていた。
英雄というのは自分以外の人の話だと思っていたからである。急に英雄様だと言われて崇められれば戸惑うのも当然の話だ。
また、ステラはこの村から出るのはオリベルと共に出ると決めていたため、その心残りもあった。
「ステラちゃん、おめでとう!」
「ありがとうございます」
すでに出来上がっていた村人に言われて愛想笑いを浮かべて感謝を述べる。
宴会の主役であるステラが本当は心の底から楽しんでいないことがバレてしまえば申し訳ない気持ちになるからだ。
そうして村人たちに囲まれる中、ステラは視線だけで自身の大切な幼馴染の姿を探していた。先程から一向に姿が見えず、もしかしたら怒っているのではないかと心配になっていたのだ。
少し周囲を見渡してようやくオリベルの姿を見つけたステラは村人たちに囲まれている輪から抜け出し、近くへと歩み寄る。
「……オリベル、ごめんね。私だけ先に王都へ行くことになっちゃった」
「謝らないでよステラ。英雄様になるなんて凄いことじゃないか」
俯きながらオリベルはステラへとそう返す。一向に顔を見ようとしないオリベルに段々と不安が募っていったステラは下から覗き込むようにして話しかける。
「ねえ、オリベル。怒ってる?」
オリベルは怒ってなどいなかった。しかし、どうしてかステラの顔を直視できないままでいる。それは何故か。
今まで唯一死期の見えなかったステラの顔へ徐々に赤い数字のような物が浮かび上がってきていたからだ。
最初はぼんやりとしたものだったのが徐々にくっきりと見えるようになってきたのである。
これは今回の餞別式が始まる時に気付いた。だからオリベルは話しかけに行こうともせずに端の方で突っ立っていたのだ。
オリベルは焦っていた。まさかステラの顔に赤い数字が、
しかし現実は残酷である。覗き込んだステラの顔にははっきりと真っ赤な数字が浮かび上がっていた。
それも16歳5か月20日という数字が。
「嘘だ。そんな筈は」
「どうしたのオリベル?」
慟哭するオリベルを心配そうに見つめるステラ。それもその筈。オリベルが視線をそらしているかと思えば今度はステラの顔を凝視して目を見開いているのだから。
「そんな、そんな。ステラまで……」
信じられなかった。自分の瞳に映し出される赤い数字はその者がその年齢に亡くなることを意味する。
つまりオリベルが最も大切にしている存在のうちの一人が後6年もすれば亡くなってしまうという事なのだ。
これもすべては騎士がステラを迎えに来てからだった。今まで死期が見えていなかったステラに死期が見えるという事はそのことが大いに関係しているとオリベルは考えていた。
焦ったオリベルはステラの肩をガシッと掴み、力強く語る。
「ステラ! 王都になんて行っちゃダメだ!」
「ごめんね。でももう決まってしまったことなの。私も寂しいのよ?」
「違うそう言う事じゃないんだ。実は……」
そこまででオリベルは言うのをやめる。もしこのまま死期が見えたと言ってしまえばステラは傷付くことになるだろう。
もしかすれば英雄になることが条件で死期が見えるようになったわけではないのかもしれない。
そうなればここで無理やりにでもステラが英雄になるのを止めようとすればそれは彼女を悲しませるだけだ。
オリベルはこの誰にも理解できない感情を押し殺し、その場から駆け出す。
「オリベル!」
ステラの言葉を無視してオリベルは走る。瞳に湛えた涙は後数瞬で零れ落ちそうになっていた。
「ステラの前で涙は流さないって決めているんだ」
人目が無くなったところでオリベルは人知れず嗚咽を上げながら涙を流す。それはステラと離れる寂しさも、ステラに死期が見えたという悲しみも含めた感情で。
「……オリベル」
しかし。あとを追いかけていたステラにしっかりとその姿を目撃される。ただ、ステラはオリベルのその姿を見なかったことにしてその場を後にする。
そしてオリベルと同じくその瞳からは確かに涙が零れていた。
♢
「ステラ、僕も15歳になったらきっと王都に行く。それまで待っていてくれ」
「うん、待ってるよ」
ステラが旅立つ日、オリベルはすっかりと泣き止み、笑顔でステラと握手を交わす。顔はくっきりと見えないまま、しかしそれでもオリベルは確かにその先にステラの素顔を見ていた。
「それでは出発いたします」
そうして騎士が乗ってきた馬車の中へとステラが入っていく。
「また会おう!」
元気よくオリベルはステラを見送る。そして馬車が見えなくなった時、オリベルはマーガレットへとこう告げる。
「母さん、僕に剣と魔法を教えてくれない?」
オリベルの両親は元々冒険者であった。オリベルが戦い方を学べる人はマーガレットしかいなかったのだ。
「騎士になりたいんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます