第2話 王都からの来訪者

「母さん! 行ってくるね!」

「行ってらっしゃい、オリベル。暗くなるまでには帰ってくるのよ」


 10歳に成長したオリベルは7歳の頃までとは違って活発に外へと飛び出していくようになっていた。その成長があったのは間違いなく幼馴染であるステラのお陰だ。


 活発になったオリベルを見てマーガレットは笑みを零す。以前までは暗く閉め切った部屋の中に怯えるようにして丸まっていた我が子の成長がこれ以上ないくらい嬉しいのだ。


 さて飛び出していったオリベルはというと家から少し歩いたところにある村の広場を目指していた。毎日そこでステラと会う約束をしているのだ。


「おっ、オリベル! 今日もお嬢様と遊ぶのかい?」

「そうだよ!」


 活発に走るオリベルを道中で村人たちが声をかけてくる。オリベルの家は村の中で一目を置かれる存在であった。

 しかし、いつも引きこもってばかりいたオリベルを最初、村人たちは怪訝に思っていた。


 そんな村人たちも活発に遊ぶオリベルを見るうちに段々と態度を軟化させていき、いつの間にかオリベルはこの村にも溶け込めるようになっていた。


 その瞳には相変わらず赤く刻まれた数字が映し出されるのだが。


「お待たせ!」


 オリベルが広場に着くと広場の中央、花壇がある場所で既にステラが待っていた。やってきたオリベルの姿を見てステラは嬉しそうに顔をほころばせる。


「ううん。私も今来たところだから大丈夫よ」

「そっか。それはよかった」


 この村には若い者が少ない。多くが15歳を超えれば王都へと働きにいってしまうからだ。それ以下の年齢の子供たちもオリベルとステラの9歳下など同年代が少ない。

 だからこそ家の手伝いが無い時、オリベルとステラはしょっちゅう二人で遊んでいた。


「それじゃ、いつものところ行く?」

「うん。行こう!」


 二人の言う「いつものところ」というのは村のすぐ近くにある小高い丘の事だ。ここで英雄ごっこをするのが最近の二人の流行であった。


 英雄というのはここウォーロット王国に存在する伝説の戦士の事である。

 至る所に存在する魔獣達。その中でも「神」の名を冠する魔獣たちによって世界の半分が支配されたこの世界においてウォーロットの英雄はまさに人類の希望であった。


 先代の英雄が「不死神」との戦いで殉職してから早10年が経過した今、次の英雄を誰しもが待ち望んでいた。


 そしてオリベルとステラもまたウォーロットの英雄は憧れの対象であったのだ。しかしウォーロットの英雄は腕があれば誰でもなれるわけではない。

 生まれた瞬間からその資格がすでに受け継がれているのだという話を聞いていた二人は将来、英雄が率いる部隊である「神殺し」に所属することを夢に見ていたのだ。


 「神殺し」とはウォーロット王国の騎士団において最も優秀な力を持っている者だけが入れる第一部隊の中から選出される。だから当分の二人の目標はその第一部隊に入隊することであった。


 だが、この村に稽古をつけてくれる者は居ない。だからこそ15の歳になれば二人で王都へと行き、稽古を受けようと言っているのだ。それはオリベルもステラも親には内緒で決めていた。


「私はウォーロットの英雄ステラよ! あなたを成敗してくれるわ! 不死神」


 そう言うとステラの掌にポウッと光が灯る。この年にしてステラは誰からも教わることもなく魔法を操ることが出来ていたのだ。

 教わっていない分、小さな光を灯すことしか出来ないわけだがそれでもできた当初は二人でそれはもう大げさに喜んでいた。


「ふっ、追いつけるものなら追いついてみるんだな」


 成敗とはいえ所詮は子供の遊戯。ただの追いかけっこを英雄と魔獣との戦いに見立てて毎度のこと遊んでいたのだ。


 数時間ほど熱中していたころだろうか、そんな二人の下に一人の村人が息を切らしながら走ってくる。


「ステラちゃん、大変だ!」

「どうしたの? 私は今、聖戦に忙しいんだけど」


 英雄になりきってオリベルを探していたステラは途中で止められたことに対して不服そうに告げる。しかし、駆け付けた村人はそんなことお構いなしにステラの手を掴む。


「騎士様が来られた。ステラちゃんに用事があるって言ってるらしいんだ」

「騎士様が来られた?」


 騎士様というのは言うまでもなくウォーロット王国に所属する騎士の事だ。

 しかしこんな辺境の村の一人の子供に対して一体何の用事があるというのだろうかとステラは首をかしげていた。


「どうしたんだ? ステラ」


 ステラが村人と話しているのを聞きつけたオリベルも隠れていた場所から出てきてそう尋ねる。


「私、騎士様に呼ばれたから行かなきゃいけないみたいなの。ごめんね、オリベル。今日はここまでだわ」

「騎士様に? そっか。わかった」


 騎士がオリベル達の暮らす村に訪れるというのは初めての事であった。もしやステラが罰せられるのではないかなどと不安に駆られたオリベルはステラと呼びに来た村人と共に村へと戻っていく。


 村へと戻ると確かに村人の言う通り、広場に数人の鎧を着た者達がオリベルの視界に飛び込んでくる。そしてオリベルはあれが騎士様であろうと理解する。


 ステラはオリベルの近くから離れて騎士と話している村長の下へと行く。


「お父様、戻りました」 

「おお、ステラ! 早速だが騎士様たちからお前に話があるそうだ。家に上がってもらって話を聞くから一緒に来なさい」

「分かりました」


 そうしてステラと騎士達が村長の家の中へと入っていく。


「ステラ大丈夫かな」

「さあな。俺達には騎士様の考えることなんて分からねえさ。まだ10歳の子供に何の話があるんだろうな」


 不安げに零すオリベルに村人がそう返す。そして一緒に連れていかれるステラの顔をボーっと見やる。その横顔はいつもよりもほんの少し赤みがかっていた。

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