オリベルの眼差し~少年は幼馴染の英雄に死期を見る~
飛鳥カキ
第1話 死期が見える少年
暗く閉ざされた部屋の中に一人、すべての光を遮断するように毛布を頭から被り蹲っている少年がいた。
母親譲りの真っ白な髪の毛に父親譲りの金色の瞳を持つ少年。彼の名はオリベル。少年の持つ金色の双眸に年相応の輝きはない。ただゆっくりと時が過ぎていくのを待つ。
そんな少年の部屋に扉をノックする音が聞こえる。
「オリベル、またそんなに部屋を暗くして」
閉ざされたカーテンを開きながら彼の母、マーガレットが言う。しかしその口調はあくまで穏やかにオリベルの耳へと届く。
「……明るいと見たくないものが見えるから」
そう呟くとオリベルはさらに深く毛布を被る。それを聞いたマーガレットがそれ以上オリベルを追及することはない。
なぜなら彼女はオリベルの置かれている状況をよく理解しているから。そしてオリベルの持つ特異な力の事を知っているから。
「まだ見えるの?」
「うん、見える」
金色の瞳がマーガレットを見つめた瞬間、オリベルにはマーガレットの顔の上に赤く刻まれた数字が見える。
これがオリベルの特殊な力。人の死期を見る力。これがゆえにオリベルは両親の顔ですらまともに見られたことが無いのだ。
そしてこの力がオリベルの心を常に蝕んでいる。
この力の謎が判明したのは彼が5歳の頃。祖父の顔に書かれていた数字と全く同じ年に祖父が亡くなったのだ。そして続けて6歳の頃に父も顔に書かれていた数字と同じ年で亡くなった。
人の顔に映し出される数字の意味を理解したオリベルはそれ以降、他者との関りを捨て、閉じこもるようになった。そうして現在オリベルは七歳に至る。
「そう」
オリベルの苦しそうな顔を見てマーガレットは胸が締め付けられる。
自身の子供がまだ七歳だというのにこのような苦しむ顔を浮かべているのが悲しくもあり、また力になれないことに申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだ。
しかし今回、マーガレットが部屋を訪れたのはそんなオリベルを元気づけるきっかけを見つけたからであった。マーガレットは沈みゆく表情を振り払ってオリベルに微笑みかける。
「あのね、今からあなたと同い年の子が家に遊びに来るの。良かったらその子と遊んでみない?」
「……無理だよ。僕の目には誰にも関係なく死期が見えるんだ。それが僕には耐えられない」
マーガレットが自身の事を思って言ってくれているのは分かっているが、どうしてもオリベルにはその決断をすることが出来なかった。
他人の死期を見る、それはオリベルにとって他人の死を背負うのと同義なのだ。それを背負うにはまだ幼いオリベルにとって耐えがたい程の重荷であった。
「そう。でも顔を出したくなったら出してもいいのよ? 相手方の両親は母さんと仲がいいお友達だからきっとよくしてくれるわ」
「……分かった。ありがとう」
その提案はオリベルにとってあり得ない事であった。なるべく他者との関りを遮断する。それがオリベルにとっての防衛手段なのだ。積極的に関わる気は一切ない。
顔を伏せたオリベルの耳に扉の閉まる音とそのすぐ後に階段を下りていく音が聞こえてくる。それを聞いたオリベルは再度毛布を頭から被る。
少しして下でガヤガヤとにぎやかな音が聞こえてくる。マーガレットが先程言っていた客が来たのであろう。それを理解したオリベルはその音が聞こえないようにさらに深く毛布を被る。
しばらくしてオリベルを眠気が襲う。自分の存在が世界から切り離されていく感覚、それがオリベルにとって寂しくもあり居心地が良くもあった。
早く流れゆく時間をただただ呆然と眺めているのがオリベルにとって無力になったと思えるのだ。
コンコンッ。
オリベルが微睡む中で部屋にそんな音が響き渡り、目を覚ます。この部屋を訪れる者はオリベル以外では母親であるマーガレットしか存在しない。しかしいつものようにノックの後、扉を開ける音がしない。
手が塞がっているのだろうか、そう思ったオリベルがそのドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻り扉を開けるとそこに居たのはマーガレットではなくオリベルと同じ背丈ほどの少女であった。
金色の美しい艶やかな髪、その持ち主である少女の純粋無垢なサファイアの大きな瞳が不思議そうにオリベルを見つめていた。
「ねえ、どうして降りてこないの?」
そう問いかけられたオリベルは答えることが出来なかった。返事を思いつかないからではない。久しぶりにマーガレット以外の人と関わることに緊張しているからでもない。
ただただ驚愕に目を見開いていた。なぜならその少女の顔がくっきりとオリベルの目に
「どうして……」
「どうして?」
思わず零れたオリベルの言葉を不思議そうに少女も口にして首をかしげる。
オリベルは驚いていた。今までの人生で誰の顔もはっきりと見ることのできなかった彼にとって
「……君の名は?」
「私の名前はステラよ! この村の村長の娘なの! あなたは?」
「僕の名前はオリベル。ただのオリベルだ」
そうやって差し伸べられた手にオリベルは自然と手を伸ばす。
「よろしくね! オリベル!」
その言葉で一切の色を失っていたオリベルの視界が一気に彩られていくような気がした。初めてはっきりと見えるその顔を見てオリベルははっきりとこう答える。
「……よろしく! ステラ!」
これがオリベルにとって人生の最初で最大の転機であった。
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