この感情に名前を付けるなら
準備期間(真昼視点)
*** 真昼視点 ***
健斗と喧嘩してから2日後の月曜日、私は始めて健斗にお弁当を作る事なく、家を出た。だけど、瞳さんにはまだその事を伝えていないので、今日だけは健斗の家に行くことにした。
(今日行ったら、当分健斗の家に入る事もないのね……)
悲しい筈なのに、全然悲しくない。これまで健斗の事を考えて来ていた日常が嘘みたいだ。そして健斗の家のインターフォンを鳴らした。
『はーい』
「あ、瞳さん。あの、真昼です……」
『……今、開けるわね』
瞳さんの声色が少し暗かった。多分、健斗が喧嘩した事を話したのだろう。そして瞳さんは玄関のドアを開けて、迎え入れてくれた。
「おはよう。真昼ちゃん」
「おはようございます、瞳さん。あの、健斗は……」
「まだバカ息子は寝てるわ。聞いたわよ。健斗と喧嘩したってね。それより、その足はどうしたの?」
「これはその、健斗と喧嘩して走って逃げた時に転んじゃって……。あの、それで、今日からなのですが……」
「女の子に怪我させるなんて何考えてるのよ、あのバカは。それと、お弁当でしょ? 大丈夫よ。バカ息子が謝るまで作らなくって」
それを聞いて驚いた。瞳さんは私が話そうとした事を分かっていた。
「言わなくても分かるわ。私だって同じ立場ならそうするから。全く、人様を悪く言って、真昼ちゃんと喧嘩するなんて、ほんとバカなんだから。どこで教育を間違えたのかしら……」
「あの、健斗はあの後……」
「一人で元気なく戻ってきてね。理由を聞いたらお友達を悪く言って、真昼ちゃんと喧嘩したってね。でもね健斗、真昼ちゃんの事を心配していたわ。走って追いかけるか悩んだんだって」
「そう、ですか……」
でも結局、健斗は追いかけなかったのね。そう思うと、健斗にとっての私は何なのかが分からなくなる。
「だから、真昼ちゃんは気にしないで、学校にいってらっしゃい!」
「はい。ありがとうございます。瞳さん」
「いいのよ。それに……、今の真昼ちゃんはもう健斗以外に夢中なようだからね」
瞳さんの言葉に顔が熱くなる。やっぱり、そういう事なんだよね。
そしてそのまま、『いってきます』と瞳さんに伝え、シンヤがいる学校に向かって行った。捻挫をしているとはいえ、その足取りは自分が思っていた以上に軽かった。
***
「まひる、おはよう! 足、大丈夫!?」
「おはよう、真昼。その様子だと、登校出来るくらいには痛みは引いてるようだな」
「おはよう、みーちゃん。それに、……シンヤも。うん。まだ少し痛いけど、土曜日ほどじゃないわ」
2日ぶりに見たシンヤだ。顔を声を、シンヤと捉えられるものを感じるだけで、嬉しくなる。そして、どうやらみーちゃんには、シンヤから話してくれていたらしい。
「真夜君から聞いたよ。高橋君と喧嘩もしたんでしょ? 私も協力するからね!」
「ありがとね、みーちゃん」
それからバッグを自分の席に置き、シンヤたちといつも通り会話をしているんだけど、シンヤの顔を見たくても見れない。
見たいのに、シンヤが近くにいると思うと、それだけでドキドキしちゃって、目を合わせられない。
「まひる? なんだか、顔が赤いね」
「確かに。熱でもあるのか?」
「な、ないわ! 熱はないから大丈夫よ」
「そうか? ならいいんだけど……」
そんな私を見て、2人は不思議がっている。なんだか、今の私はおかしいかも。そして、みーちゃんはそんな私をジーと見ている。
「ねぇねぇ、まひる。もしかしてだけど──」
「おはよう、皆」
みーちゃんが何かを伝えようとしていたけど、その前に柊君が登校してきた。
「おはよう、雄太。この間はほんとに助かった。今度、何か奢らせてくれ」
「礼には及ばないさ。友達を助けるのは当り前だ。藤原さん、あの後は大丈夫だったかい?」
「うん。柊君と彼女さんのおかげで、シンヤとも沢山話せた。だから、ありがとう」
「それならよかった」
「まひる、柊君の彼女さんと会ったの!? ねぇねぇ、どんな人?」
「ごめんね、みーちゃん。流石に言えないわ」
「えぇぇぇ」
「悪いね」
その後は柊君も交えて話していたんだけど、最後に健斗が登校してきた。
「おはよ……」
「おはよう、高橋」
「高橋、おはよう」
「高橋君、おはよー!」
「……」
健斗は私に目を合わせず、1人自分の席に向かって行った。喧嘩してるんだから当然なんだけど、それでも悪く思ってるなら謝って欲しい。
「シンヤ。あの、今日からお昼なんだけど……」
「分かってる。仲良しグループで食べるんだろ? こっちは任せろ」
「そうだよ。高橋にはきつく言っておくさ」
「私もそれまでは、まひるとご飯食べるね!」
皆のそんな優しさに救われる。それと、本当はシンヤと一緒にご飯を食べたいけど、それはもう少しだけ我慢する。そして、健斗と一言も話すことなく、お昼を迎えた。
***
「真昼ちゃんが高橋君と喧嘩ねぇ……」
「前も喧嘩した事がありましたけど、あの時は葉桜君が仲介してましたよね」
「今回はシンヤにも手は出さないようにと、伝えているわ」
「マジ喧嘩だね!」
チラッと私はお昼を食べているシンヤの方に視線を向ける。何やら健斗と話しているようだ。そして、直ぐに健斗と2人でどこかに行ってしまった。
(シンヤ、どこに行くんだろう……)
そんな私の行動に気が付いた3人は、ニマニマしだした。
「真昼ちゃん、今、葉桜君の事を目で追っていたでしょ?」
「えっ?」
「真昼さん、ついにそうなんですね?」
「ダメだよ。咲ちゃんも、こまっちゃんも。まひるは今、大切な時期なんだから」
「みーちゃん?」
大切な時期って何だろう。でも私がシンヤを目で追っていたのは確かだ。それくらいに今の私はシンヤに……。
「まひる。今、自分の顔がどんな表情になってるか分からないでしょ」
「確かに、今の真昼ちゃんの顔はねぇ。……はぁ、もう最高に青春よ! 私も早く王子様に会えたらなぁ」
「ふふふ。ほんとに良い表情ですよ。真昼さん」
3人がそう言う。私、今どんな顔なんだろう。
「まひる。今は準備期間なんだよ」
「準備期間?」
「今のまひるはね、ちょっと前の私と同じなの。あと何か1つでもあれば自覚するんだろうなぁって」
「それって……」
「後は、まひる次第だね!」
それを聞いて、かぁぁっと、また顔が熱くなる。
だけどふと、健斗との1件を思い出してしまった。また、あんな事が起きたらと思うと……、それに、みーちゃんの好きな人は……。
そんな考えをグルグルと頭の中で反復していると、シンヤと健斗が戻って来た。でも、なんだか様子がおかしい。シンヤの頬が赤くなっている。
「あれ? 真夜君の頬、赤くない?」
「うん。何というか、自然な赤さじゃないと言うか……」
「なるほど。……まさに、男の青春ね」
「咲さんは分かったんですか?」
村田さんはどうやら何かを察したようだけど、私たちは分からなかった。そうして、お昼が終わり、午後の授業を受け、放課後になっても、私と健斗は一言も話すことなく、別々に帰った。
そして、あれだけシンヤと一緒にいたいと、いっぱい話したいと思いながらも、結局私は、あまりシンヤと話す事も出来なかった。
でもなんでだろう、このもどかしさ。あまり話せていないのに、シンヤに対する想いが強くなってる気がする。むしろデートする日まで、この方がいいんじゃないのかなって思えてきた。
***
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「何が?」
「なんだか、上の空だよ。帰って来てからずっと」
「そう、かしら?」
「うん」
その日の夜、夕飯を食べ終えてソファでゆっくりしていた時に、そう優花から尋ねられた。
「シンヤの事を考えてた……」
「先輩?」
「うん。……ねぇ優花。私今、どんな顔をしてるのかしら」
それが無性に気になったから、優花にも尋ねてみた。
「うーん。……言っていいの?」
「いいわよ」
「恋してる女の子の顔!!」
「そう……」
やっぱりそうなのかな。私、シンヤに恋してるのかな……。でも、そもそも恋ってなんなのだろう。
好きでいいのかな?
それとも好きとは違うのかな?
健斗に昔感じていた感情とは違うのかな?
でも──。
(恋が、好きと違ったらいいな……)
そしてふと、初詣でお願いした事を思い出す。
"本当の恋を私に教えてください"と、私は神様にお願いした。思えば、なんでそんなお願いにしたんだろうと思った。
(私、健斗に恋をしていなかったのかもしれない)
だからそんなお願いをしたのかもしれないと思った。ならきっと、金曜日になれば分かると思う。だからもう少しだけ、このもどかしさを味わおうと思った。
そうして、神様が気を効かせてくれたのかは分からないけど、金曜日の放課後になるまで、健斗と一度も話すこともなければ、シンヤとも普段以上に話すこともなく、デートの日を迎えた。
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