自覚するなら(真昼視点)

*** 真昼視点 ***


「それじゃ、真昼。また来週な」

「あっ……」


 それだけ言って、彼は玄関の方に向かおうとする。



(やだ。いか、ないで……)



 そんな自分勝手な都合の為に、私は帰ろうとするシンヤの袖をギュっと掴んだ。


「真昼? どうかしたか?」

「あ、えと、そ、その……、私、私……」

「お姉ちゃん? もしかし──もごっ!?」


 優花が何か言おうしたけど、ママが優花の口を塞いだ。


(どうしよう。私、また自分勝手な都合で……)


 それでも言わずにはいられなかった。このままシンヤが帰るなんて耐えられなかった。まだ、シンヤの服の袖を掴んで離さないでいる。


 そうして俯きながらも、胸の奥から湧き上がる正直な想いをシンヤに伝えた。


「やだ」

「やだ?」

「帰っちゃ、やだ。…………まだ、帰らないで」

「真昼……」

「私の傍に居て。離れないで。居なくならないで。我儘なのも、迷惑なのも分かる。でも、でも……」


 それでも、今だけは貴方と一緒に居たいの。


「……何度も言ってるだろ。俺が真昼の事で迷惑に思う事はないって。それとも真昼の中の俺は、迷惑だと思ってるのか?」


 そう問われるので、首を横に振り、否定する。


「なら、大丈夫だな。春香さん、哲也さん、申し訳ないですが、もう少しだけお邪魔していてもよろしいでしょうか」

「私は構わないよ。せっかく、可愛い娘が勇気を出したんだ」

「ふふふ、私もよ。……そうだわ! このまま夕飯も一緒にどうかしら?」

「いいんですか?」

「むしろ、真昼が許さないわね」


 ママにはお見通しだった。だから、ありのままの気持ちをシンヤに伝えた。


「夕飯も、一緒に食べて欲しい」

「分かった。でも、夕飯を食べて少しゆっくりしたら、それで今度こそ帰るからな。流石にそれ以上は無理だぞ」

「うん。ありがとう」

「やれやれ。今日は高橋と喧嘩したと言うのに、別の男に擦り寄るとは、真昼も中々に悪い子になったな」

「シンヤの所為よ」

「俺か?」


 違う。本当は私の所為。健斗だけじゃなく、貴方にも惹かれた私の女心の所為。でも、それでもシンヤの所為にしたかった。きっと、優しい言葉をかけてくれると思うから。


「まぁ良いか。こんなしおらしい真昼が見れたんだ。自分に正直なのは良い事だぞ」


 そう言ってシンヤは私の頭を撫で始める。シンヤに撫でられるのは気持ちいい。大きい手、それでいて優しい手つきで撫でてくれる。とても安心する。


「やれやれ。娘がこんな顔をするとは……」

「あらあら」

「良いなぁ。先輩、私にも撫でて下さい!」

「ダメよ。今日だけは私専用なの」

「えぇー!」

「らしいぞ。悪いな、優花ちゃん」


 今日だけは誰にもシンヤを渡したくない。


 知らなかった。私って、こんなにめんどくさい女の子だったんだ。



***



 それから、ママは夕飯の準備のため台所に行き、パパはニュース番組を見ている。


 それと、優花はテーブルで赤本の問題集を解いている。今日は制限時間25分だけらしい。そして私は、シンヤと一緒にソファに座っていて、ずっとシンヤの袖を掴んで離さないでいる。


「いつまで掴んでいるつもりだ?」

「シンヤが帰るまで……」

「やれやれ。それは流石に行儀が悪いから、せめて夕飯の時だけは離してくれよ」

「分かったわ」


 シンヤが直ぐ傍にいる。それだけで胸の奥が温かい。心が満たされる感覚がある。


 シンヤの方に顔を向ければ、その視線はスマホと優花を交互に見ている。きっと、手の動きから優花がどれくらいやれているかをチェックしているんだと思う。


 だけど、私の視線に気が付いたのか、シンヤの顔が私の方に向き、目が合う。それだけなのに心臓が煩くなり、顔が熱くなる。どんどんシンヤにハマる自分がいる。


「どうした?」

「……シンヤを見てた」

「いつも以上に、今日は素直だな」

「そうかな」

「そうだ」

「だって、シンヤはいつも私に優しくしてくれるから……。甘えちゃうよ」

「真昼から甘えられるなんて、光栄だな」

「本当? 本当にそう思ってくれてる?」

「あぁ」


 それが堪らなく嬉しい。そしてスマホのアラームが鳴るので、どうやら25分経ったらしい。シンヤは優花から解答用紙を受け取り、私と一緒に採点する。


「25分での回答率が7割、正解率が8割。まぁ、及第点だな。まだ油断は出来ないが、ここまで来れれば社会のテストはある程度問題はないだろう」

「うへぇ、まだまだかぁ……」

「でも、着実と実力は付いてるわよ、優花」

「そうだぞ。ちゃんと力は付いてる。怠けず今のペースでやっていくぞ」

「は〜い!!」


 その後も夕飯が出来るまで優花は問題を解いていく。その間、ずっとシンヤの袖を掴んだまま、シンヤと会話しながらこの時間を楽しんでいた。



***



「葉桜君は普段お家だと、何を作ってるのかしら?」

「中華と和食が多いですね。特に麻婆豆腐が好きなのでよく作ってますよ」

「それってレトルトですか?」

「いや? 材料を揃えて1から作ってる」

「本格的だね」

「父が得意でして、そこから伝授された感じです」


 現在、私たちはママが作ってくれたナスの炒め物と生姜焼きに玉子焼き、それとお味噌汁で食卓を囲んだ5人で夕飯を食べている。この間はパパがいなかったから、ようやく5人で夕飯が食べられた。


「真昼は和食が得意なのよね」

「高橋のお弁当を見ていると、どれも美味しそうですよね。……そういえば、真昼。来週から弁当はどうするつもりなんだ?」

「もちろん作らないわ。少なくとも健斗が謝るまでは作る気になれないわね」

「これは、長引きそうだね。娘が決めた事だ。パパはそれを支持するよ」

「いいの?」

「娘を優先にしない親はいないよ」


 パパの言葉が心に染み渡る。それからも5人で楽しくご飯を食べられた事で、少しだけ暗い気持ちから回復出来た気がする。


 そして夕飯後、私とシンヤはソファに座って休憩をしている。もうそろそろシンヤが帰ってしまう。でも帰ってほしくない。


 そんな事を考えていたら、シンヤは柊君の事について話し始めた。


「気にするなとは言わないが、ちゃんと雄太にはありがとうって感謝しておけよ」

「うん。必ずする」


 今日は本当に柊君に助けられた。それと明日香先生にも。もしあのまま1人だったらもっと酷かったと思う。そしてシンヤは、『いや待て』と、何かに気が付いたようだった。


「そういえば真昼がいた時、雄太も一緒だったんだよな。そしてアイツはデート中。……真昼、雄太の彼女が誰なのか、知ってるな?」

「え!? えぇと、うん。知ってる」

「誰だった?」

「それは……」

「それは?」

「秘密」


 流石に柊君との約束を反故する事は出来ない。それに明日香先生にも迷惑がかかるから。そしてシンヤはジーと私を見つめるので、サッと視線を逸らした。


「まぁいいか。雄太もバレたくないんだろうし」


 それを聞いてホッとした。何とか約束は守れたよと、心の中で柊君に報告した。


「先輩も他人の恋愛には興味あるんですか?」

「そりゃな。それに、そういうのも小説のネタになる」

「自分の恋愛はどうなんですか?」

「分かってて聞いてるなら、たちが悪いな」

「何の事ですか? にしししし」


 優花はそう、いたずらっ子のようにシンヤをからかう。


(でも、シンヤの恋愛か……)


 ようやく健斗と喧嘩した時からの感情に整理が付き始めた。明日香先生も言っていた。『一度ちゃんと自分の気持ちを整理しましょ』と……。



(私の気持ち……)



 未だにシンヤの袖を掴んでいるけど、シンヤは何も言わないでいてくれる。それに、シンヤがこうして傍にいるだけで、いつだって私の心は満たされる。


 つまりは、なんだと思う。


 でも──。


「葉桜君、そろそろ帰らないと、危ないわよ」

「確かにそうですね。では、自分はそろそろ帰ります。夕飯とても美味しかったです」

「真昼。葉桜君を見送ってあげなさい」

「先輩、また今度です!」


 そのままシンヤと一緒に玄関までついて行った。もうシンヤが帰ってしまう。帰って欲しくない気持ちがまた強くなってくる。



「それじゃ、今度こそ帰るな」


 依然、シンヤの袖を掴んだまま離さない。


「真昼、そろそろ離してもらえると……」

「ねぇ、シンヤ」

「ん?」

「シンヤは月末……、雪ちゃんに会いに実家に戻るのよね?」

「戻るよ。それがどうかしたか?」


 つまり来週は、シンヤと会えるのが学校の時間しかない。


 だけど──。


 もっと貴方と話したい。

 もっと貴方と関わりたい。

 もっと貴方の事が知りたい。

 もっと貴方と一緒にいる時間が欲しい。



 それに、暗いままするなんて嫌だ。この感情をちゃんと自覚するなら、楽しい時が良い。



「あの、ね……。その……」


 だから、少しだけ勇気を出そうとして口を開こうとした時、先にシンヤの口が開いた。


「本当はもう少し、気持ちを整理させてから話すつもりだったんだが……、来週、何処かのタイミングで、放課後出掛けるか?」


「えっ?」


 まさか、シンヤ方から先に誘ってくれるだなんて思いもしなかった。それが嬉しくって、私も同じ事を告げる。


「あの、実は私も、帰る前に放課後とか、2人で何処か、行けないかなって思ってて……」

「似た者同士だな。……因みに、真昼のそれはの誘いか? それともの誘いか?」


 そんな2択、私には1択しかなかった。


の、お誘い、……です」


 多分、今の私は顔が真っ赤だと思う。初めてシンヤをデートに誘った。こんなにも緊張したのは生まれて初めてだ。それに、シンヤからも出掛けないかと誘ってくれた。物凄く嬉しい。


 それと、これだけは確認したかった。


「シンヤはどういう想いで、誘ってくれたの?」

「俺はのつもりで誘った」

「一緒ね」

「そうだな」


 気持ちが繋がってるって、こう言う事を言うのかな……。


 嬉しい気持ちが溢れる。どの日に約束してくれるのだろうかと、期待しながらシンヤの口が開くのを待つ。


「なら、金曜とかどうだ? それなら多少帰るのが遅くなっても大丈夫だろ」

「うん。デート、楽しみにしていい?」

「楽しみじゃないデートなんて、ないと思うがな」


 うん。私もそう思う。今から楽しみで仕方がない。そして気付けば、シンヤの袖から手を離していた。


「それじゃ、今度こそ帰るな」

「うん。シンヤ、気を付けてね。それと、一緒にいてくれて、ありがとう」

「あぁ。真昼もゆっくり休んで、足、労れよ」


 そう言って、シンヤは帰っていった。そしてシンヤを見送った後、ペタリとその場に座り込んだ。


「シンヤ……」


 さっきまでここにいた男の子。手にはシンヤの袖を掴んでいた感触だけが残ってる。こんな事なら腕にしがみつけばよかったと後悔した。



「会いたい……」



 ほんの数分前までいたのに、もう会いたい欲求に駆られる。厄日と言うのが本当にあると言うのなら、まさしく今日がそれにあたると思う。


 健斗との楽しいデートの筈が、気が付けば大喧嘩に発展してしまい、私は足を怪我した。


 だけど、その後は柊君たちに助けられて、シンヤに会わせてくれた。そんなシンヤはお姫様抱っこやおんぶをしてくれた。もう、何もかも嫌だった私の心は、シンヤたちのお陰でダメにならずに済んでいる。



(……大切な人)



 私は健斗にはっきりと、シンヤの事をだと言い切った。



 そして多分、シンヤとデートをするその日、これまでの自分とお別れする。そんな確信があった。

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