私はシンヤに看病してもらう(真昼視点)

 悪夢を見た。



 私が健斗と付き合えた理想の夢を……。



 けれど、付き合い始めてから、最初の方は上手くいっていたのに、徐々に歯車のかみ合わせが悪くなるように、次第に健斗と喧嘩することが多くなってきた、そんな夢。



 そして、最後は──。





(なんだろう。なんだか、おでこがひんやりしてて気持ちいい……)



 そんな悪夢から意識が覚醒し始めてきたのだが、おでこの辺りがひんやりとしていて、とても気持ちが良かった。誰かが冷えピタを張ってくれたらしい。


(そうだ。私、熱を出して……)


 昨日の夜、ママたちが私の顔色が悪いことに気付いて熱を測ったのだが、38℃と高熱だったので、直ぐに寝ることになった。それは朝になっても回復することはなく、逆に39℃まで上がっていた。


 ママたちは今日どうしても外せない仕事がある。それで優花は学校を休むと言ったが、私はそれを拒絶した。


 だって私のために貴重な時間を浪費させる訳にはいかなかったからだ。



(じゃあ誰が、私に冷えピタを張ってくれたんだろう……)



 朦朧とした意識の中、少しずつ目を開いていき、部屋を見渡すと、誰かの後ろ姿を視界に捉えた。


 もしかして健斗? とも思ったけど、それは直ぐに否定されてしまった。何故なら私が起きたことに気が付いたそのは体調の確認をして来たからだ。


「起きたか、真昼。……体の調子はどうだ? 辛いとは思うけど、熱、測れるか?」

「し、ん、や?」

「そうだ。ほら……」


 どうやら本当にシンヤらしい。物凄く辛いけど、シンヤに言われるがまま、渡された体温計を脇に入れて熱を測り、そしてシンヤに返した。


「38.5℃か、……これ以上少しでも熱が上がるようなら病院に連れて行くからな」

「な、んで、ここ、に?」

「朝、優花ちゃんが教えてくれたんだ。スポーツドリンクあるけど、飲めるか?」


 優花が教えてくれたんだと思いながらも、喉が痛く、直ぐにでも喉を潤したかったのでコクリと頷いた。


「飲み口が付いてる水筒に移してあるから、まずはゆっくり体を起こして、それからゆっくり飲むんだ」


 私はシンヤに言われるがまま、体を起こし、ゆっくりと水筒からスポーツドリンクを飲んだ。どうやら氷も入ってるようで、とても冷たくて美味しかった。


 そういえば、今は何時なんだろう?


「ねぇ、いま、なんじ?」

「ん? 今はちょうど10時だな。大体3時間くらいは寝てたか? それと、さっき氷枕を作って来たんだ。枕の上に置くからな」


 そっか、まだ10時なんだと思いながらも、シンヤが枕の上に置いてくれた氷枕の上に頭を乗せた。


 とても冷たくて気持ちいい。徐々に体の熱が引いて行く感覚がした。だからかな、少しだけ思考が回復してきた。



(……あれ? 10時? それって朝の10時ってこと? …………え、じゃあ!?)


「し、シンヤ!? なんで、学校は……」

「ん? 学校? そんなのサボったに決まってるだろ」


 さも当然かのようにシンヤはそう答えた。


(なんで? だって、そろそろテストだってあるのに……)


 そんな私の思考を読んだのか、シンヤは私に『気にするな』と声をかけた。


「1日2日程度サボったところで成績に響くこともなければ、テストだって多少点が落ちる程度だろ。何も問題ない」

「で、でも……」

「俺にとっては、学校よりも真昼の方がだからな」


 "大切"、そう彼から言われただけなのに、心臓が急にドキドキしてきた。それだけで胸の奥から嬉しさが込みあがってくる。


「何か食べるか?」


 彼からそう尋ねられた。昨日から辛くてほとんど口にしていない。朝もヨーグルトを無理やりおなかに入れたくらいだ。けど、今は少しだけおなかがすいていたのでコクリと頷いた。


「分かった。ゼリーを買ってきたから持ってくるよ」


 そう言って彼は立ち上がり、私の部屋から出ようとしたのだけど、不意に彼の服をぎゅっと掴んでしまった。


「真昼?」


 彼から『どうした?』と尋ねられるが、自分でも何でこんなことをしたのか分からなかった。食べたいと言ったのは自分なのに、それと真逆の事をしている自分が分からない。


「え、あ、ご、ごめん、なさい……」


 分からない。けど、どうしてか無性にどこにも行って欲しくなかった。そう思ったら急に泣きたくなってきた。




 だって、今日は誰もいないと思ってた。ずっと1人で辛いのを我慢するんだと決めてたのに、貴方が直ぐ傍にいる……。それにさっき、思い出したくもない夢を見た。


 そして、私のそんな想いが彼に届いたのか、シンヤは再度座り直し、私に尋ねてくる。


「真昼。何か伝えたいことがあるんじゃないのか?」


「あ、え……、えと……」

「遠慮するな。そのために来てるんだから」

「…………い、かない、で」


 熱を出して辛いと、気持ちが弱くなるとよく聞くけど、本当だったと、この時私は初めて理解した。


「どこにも、いか、ないで……。ぐっ、ぐすっ、……寂しい、よぉ」


 そう心の内をさらけ出したら、彼は私の右手をぎゅっと優しく包み込む。そして、一番欲しい言葉を私にくれた。


「どこにも行かないから安心しろ」

「ゔん……、ゔん……」


 私はまた、彼の前で泣いてしまった。嬉しさと申しわけなさ、ぐちゃぐちゃの感情が涙として流れ落ちていく。



***



「落ち着いたか?」

「うん、おちついた……」

「そっか。……ゼリー、持って来ても大丈夫か?」


 そう彼は再度尋ね、コクリともう一度頷くと、彼はそのまま下に降りて行った。今度はもう服を掴むことはなかった。





「いちごのゼリーだ。ゆっくり体を起こしてくれ」


 シンヤはいちごのゼリーを持って来てくれたらしい。言われた通りにゆっくりと体を起き上がらせる。まだ体中の関節が痛いし、頭も重い。


 そんな状態ではあるが、ゼリーを食べようと手を伸ばそうとしたら、口元に何かが近づいてくる。


「……え!? し、シンヤ!? あの、これ……」


 口元に来たのは、シンヤがスプーンですくったゼリーで、私はそれを見て驚いてしまった。


「39℃近くもあるんだ。どうせ、辛いだろ? ほら、あーん」


(え、うそ、だって、まだ健斗にもされたことなったのに……、で、でも……)


 こんな体験、次いつになるかなんてわからなかった。女の子にとって、あーんはそれだけ夢の様なシチュエーションだ。だから恥ずかしがりならも、シンヤのあーんを受け入れることにした。


「旨いか?」

「……とっても、甘い、です」


 物凄い破壊力だった。普通に恥ずかしいけど、それ以上に今まで食べたゼリーよりも甘かった。それからもシンヤはゼリーがなくなるまで、私にあーんを遂行した。


 そして、ゼリーを食べ終えた後、またベッドの上で横になっている。何というかまだお昼にもなっていないけど、至れり尽くせりだった。ここまでシンヤが私を看病してくれるだなんて思いもしなかった。


「昼になってご飯食べたら、もう一度熱を測ろう。そこで少しでも熱が上がってたら、病院だ」


 彼の優しさが身に染みわたる。どんどんシンヤに弱くなっていく自分がいる。


「……うん。でも、注射はヤダ」

「我慢しなさい」


 ただのママだった。


 それからは無言の時間が過ぎていく。シンヤはベッドを背にして座り、小説を読んでいる。そして私はそれをただ眺めているだけ。


 だけど不思議と重苦しい感じはしない。むしろ心地よくって、このなんとも言えないこの時間が楽しいとさえ思えた。そしてふと思った事があったからシンヤに尋ねてみた。


「ねぇ、私、変われた、かな?」

「どうした、突然」

「なんとなく……」


 この1週間ちょっと、私は必死に自分が変われるように頑張ったつもりだった。健斗から離れたり、気持ちを整理したくて、シンヤに甘えたくて、色々やってたと思う。そして、シンヤは私の質問について口を開いた。


「最近の真昼は何というか空回りしてる感じだったよ」

「え?」

「変わろうとしているのは何となく気付いてた。けど、少し焦りが含まれてたかな。早く答えを出さないと、早く変わらないとって」


「ダメ、なの?」

「ダメじゃないが、そういうのはゆっくりやって行くものだ。時間をかけて今の自分から新しい自分に少しずつ変えていく。じゃないと気持ちだけが空回りして、どこかで爆発するからな」

「……今回、みたいに?」

「それが原因なのかまでは分からないけどな」


(そっか、私、空回りしてたんだ……)


 シンヤに指摘されて、ようやく自分のやり方が間違っていた事に気が付いた。


 そっか、ゆっくりでいいのかと、シンヤの言葉を胸の中に染み渡らせる。なんだろう、気持ちが軽くなった気がする。


「だから、真昼は真昼のまま、ゆっくり変わって行けばいいんだ」

「うん、そうする。……ありがとね、シンヤ」

「あぁ」


 そこからはまた無言の2人だけの世界が続いた。だけどやっぱり、彼といるこの時間はとても安心できる。

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